【読書ノート】「日本再興戦略」を読んで

評価:
落合 陽一
幻冬舎
¥ 1,484
コメント:日本の歴史から教育、アート、政治、働き方から最新技術まで縦横無尽の知識で日本の再興戦略を語る、すごい人が出てきたものだ。

JUGEMテーマ:読書

 

最近、ネットメディアでよく見かける落合陽一氏。なんか昔よく似た名前の物書きの人がいたので、さてどんなおっさんかなと思ったら、なんと1987年生まれの若い人だった。筑波大学の准教授であり、大阪芸術大学の客員教授でもあり、メディアアーティストで、かつベンチャー企業の社長もやっている。ホリエモンとも友達みたいだし、なんかすごいなあと思う。(今調べたらよく似た名前の物書きはこの人のお父さんだった。落合信彦氏)

 

で、この本の内容だけれど、学者らしくものすごく多岐にわたる「知」が全面に出ており、少し松岡正剛に似たような感じ。「欧米とは何か」「日本とは何か」から始まり、歴史、宗教、最新テクノロジー、アート、政治、教育、会社、働き方、コミュニティーなどなど縦横無尽の知識をこれでもかと解説し(注釈がめちゃ丁寧)、それらをインテグレートして日本の再興戦略を考えるという内容。

 

特に気に入ったのが、これから重要になるのが「百姓的な生き方」だというところ。百姓っていうのは百の姓ってことで「諸々の生業を持つ者」ということなのらしい。そう言われてみると、江戸時代のお百姓さんはコメを作るだけでなく、畑も耕せば、草鞋や笠も作るし、裏山の木も切ってきて、それを加工したり、野菜を町に売りに行ったり、奥さんは縫い物もしたりと、かなり幅広い副業生活をしていたような気がする。

 

ところが現代人(特にホワイトカラー)は会社に一旦入社したあとは、その会社以外のことはとくにやらず、出世競争に明け暮れたあとは、特になんの技能も持たずに一日中ダラダラとしている感じで、なんだかワクワク感がない人が多い。電車で見かけるスーツ姿の人たちの冴えない顔を見るたびにこの国は大丈夫なんだろうかと思ってしまう。そんな会社を定年後、卒業したおじさんたちも更にやることがないのか、家の前の川沿いでは鯉を眺めて餌をやっている人たちのなんと多いことか…(おかげで川は鯉の異常繁殖中)。

 

と、偉そうにいう僕も、午前中1、2時間ほどで一日の仕事は実質終わってしまう。会議がなければIT関連の本を読んだりしている。かなりもったいない時間の使い方だと思う。4社くらい掛け持ちできる気がする。そういうこともあって、5、6年前からNPO法人の理事になったり、IT関連の研究会に複数所属したりしている。プロボノ的な働き方という感じだろうか。更にそれだけでは飽き足らず、今年からは社会人大学院に通うようになった。おかげで今までよりは着眼点がかなり変わったような気がする。がしかし、お金になるのがメインの会社1社だけなのでまだまだ物足りない。もっとなんかやりたいなと思う。

 

そもそも、就活という制度が良くないと思う。大半の日本人が大学を卒業して一斉に会社に入社というのはどうなんだろうかと思う。就活学生の画一的な服装や髪型を見ていると暗澹たる気分になってくる。アメリカなどでは有名な大学の学生ほど就職ではなく起業を選ぶようだ。もっと複線的な生き方があっていいのではと感じる。

 

今、学生だったなら、いわゆるイイ会社には入らずに複数の仕事の掛け持ちをしながら、起業を志すだろうなと思う。

 

社会人大学院に入ってみると同級生に結構中小企業の経営者が多かった。自分の裁量でいろいろなことができることに経営者の魅力を感じている。逆に言うと単なる一介のサラリーマンに過ぎない自分がとてもみっともない感じがするのだ。出世して役員になったところで自分の会社ではないのだ。リタイアしてしまえばただの人である。

 

今まで会社の中でいろんなシステムを自分で発案し、構築し、なんだか自分の作品と思ってきたものも多数あるが、実際にはそれらは会社のものであって、自分のものではない。部署が変われば手放さざるを得なくなってしまうものである。部署が異なると口出しできなくなってしまうという組織の弊害もある。会社って一体何なんだろうなと最近よく考える。

 

僕みたいに能力を出しきれてない人が世の中に多いのではと思う。それはその会社にとっても損失だし、日本全体ではその総和になるのでかなりの損失だと思う。複線で仕事をすること、能力をフルに出し切れる環境が整えば日本はもっと突出した国に生まれ変わるのではないかと思う。

 

そういった処方箋が書かれた本である。知の幅を広げる意味でもオススメの本でした。

読書 | comments(0) | trackbacks(0)

【読書ノート】「ミライの授業」

「14歳のきみたちへ」と題して、中学生に向けた講義集なんだけれど、大人でも知らないことだらけ。5時限分の分量にしては、非常に中身が濃い。学校で毎日こんな授業が展開されれば、きっとすごい人材が輩出されるだろうなあと思いながら読んだ。

 

冒頭で、今の時代はどんどん技術が新しくなり、ロボットやAIに仕事を奪われる時代になってきているけれど、こんな時代に生きていることを不幸な時代だととらえず、未来を次のように考えようと提案している。

未来には、ひとつだけいいところがある。

それは、「未来は、つくることができる」という点だ。

そうだよなと思った。いつの時代にも「未来をつくる人」がいたのだ。だから君たちもそういう「未来をつくる人」になろうと呼びかけている。本の中では、あくまでも若い人たちに呼びかけているけれど、僕みたいに50を超えたおっさんでもまだまだ「未来はつくれる」と思う。実際この本でも取り上げられている伊能忠敬は56歳から蝦夷地の測量に出かけたし、緒方貞子さんは上智大の教授から国連難民高等弁務官に選ばれたのは63歳の時である。カーネルサンダースがケンタッキーフライドチキンをはじめたのは65歳からだ。まだまだ僕も若いのだよと思いながら読み進めた。

 

未来をつくる5つの法則として

法則1 世界を変える旅は「違和感」からはじまる。

法則2 冒険には「地図」が必要だ。

法則3 1行の「ルール」が世界を変える。

法則4 全ての冒険には「影の主役」がいる。

法則5 ミライは「逆風」の向こうにある。

という5つをあげている。

 

この本は上記5つの視点をテーマに、未来を考えるヒントとして20人の偉人を取り上げている。が、単なる偉人伝集になっていないのは、一般的によく知られていることとは少し違う視点で人物を取り上げている点だと思う。

 

例えば、ナイチンゲールは看護士で有名だけれど、本当は特殊な円グラフで兵士たちの死亡原因を主張した「統計学者」だったということとか、ニュートンは中学生の時には学年で下から2番めの成績だったとか、森鴎外は医者としてはダメで陸軍の中の「権威の思い込み」にとらわれていた人だったとか、伊能忠敬の測量は実は地球の大きさを知りたかったからだとか、コペルニクスは地動説をすぐには発表せず30年も経ってから発表したとか、次々と知らないこと、興味をそそるような内容を展開している点がこの本の優れた点だと思う。

 

高校のころそういえばフランシス・ベーコンの4つのイドラ(思い込み)って習ったような気がするが、今もう一度読み返してなるほどと思った。4つのイドラとは、

1 人間の思い込み(種族のイドラ)

… 人間の身体的な特徴や脳のしくみによる思い込み(目の錯覚など)

2 個人の思い込み(洞窟のイドラ)

… 自分の経験や所属している組織の中での思い込み

3 言葉の思い込み(市場のイドラ)

… 伝聞・うわさにまつわる思い込み

4 権威の思い込み(劇場のイドラ)

… 権威のある人や有名人の言葉、テレビなどのニュースなどを信じてしまうこと

こういう思い込みの鎖を断ち切るには「観察と実験」が必要とのこと。それにしてもこれらのことは、今の時代でもぴったり合致していると思う。ワイドショーやフェイクニュースを信じる大人の実に多いこと。老人世代はいまだに昔の常識を現代にあてはめてしまうし、多くの会社は昔の成功体験にしがみついて、自分たちが小さな井戸の中にいることを忘れ、海外の現状に目を向けようとしない。

 

最近、少し考えればわかるようなことを自分の頭で考えようとしない人が増えているような気がする。現代は情報が溢れていて、すぐに検索すればわかるようになって便利なのだけど、ネットに書かれていることが本当なのか?と疑うことも必要だと思う。

 

立命館アジア太平洋大学の学長(ネットライフ生命創業者)の出口治明氏が多くの著作の中で日本人に欠けているのは「リベラル・アーツ」だと書かれている。「リベラル・アーツ」直訳すれば「自由な芸術」であるが、通常下記の「自由7科(セブンリベラルアーツ)」と言われているものがローマ時代末期に成立し、今なお欧米の大学では「教養」の基礎として取り上げられているとのことである。

【3学 (トリウィウム)】言語に関わる3科目

「文法」 (Grammar)

「修辞学」(Rhetoric)

「弁証法(論理学)」(Logic)

【4科 (クワードリウィウム)】 数学にかかわる4科目

「算術」(Arithmetic)

「幾何」(Geometry)

「天文」(Astronomy)

「音楽」 (Music)

この7科の上に「哲学」(Philosophy)があり、さらにその上に「神学」(Theology)がある。神学ってTheologyって言うんですね。セオリー(語源は「じっくり見ること」)なのか…。

物事を考えていく上では、こうしたリベラル・アーツの知識ベースの上に更にベーコンの言う「観察と実験」が必要な気がする。

 

僕自身も、昨年、会社の中でどうも「違和感」を感じて大学院に行ってみようと思ったのは、こういった「教養」が足りないと日に日に感じてきたからだ。でもこういう「他の人と何か違う」という「違和感」を感じるのは大事なことだとこの本にも書かれている。

 

最後の章には「変革者はいつも「新人」である」と書かれている。世代交代のことを述べているのだが、50を過ぎたおっさんでも、いつでも「新人」になれると思う。読書量が足りないのでこれからはもっと本を読み、大学院で得た知識をベースに、これからの時代の変革者になれればなと思う。もちろん著者のように知り得た知識を次世代を担う若者たちに教える立場になれればそれもイイなと思う。

 

そういう意味では、14歳に向けたこの本だけど、どの世代の人が読んでもいいのだと思う。すごく前向きになれた。まだまだ人生は何度でもやり直せるし、いくつになっても未来を創ることはできるのだ。

 

評価:
瀧本 哲史
講談社
¥ 1,620
コメント:14歳に向けたお話。だが、大人でも知らないことだらけ。まだまだ人生これからだよね。

読書 | comments(0) | trackbacks(0)

【読書ノート】「定年後」

昨年ベストセラーになった楠木新氏の「定年後〜50歳からの生き方、終わり方〜」という本をもう一度読み直してみた。

もともとは「LIFE SIFT〜100年時代の人生戦略〜」を読んで、昨年の夏ごろにこれからの50年をどう過ごそうかな?という不安感もあり手に取ってみたのがきっかけ。

 

銀行の同期が昨年相次いで、出向・転籍ということで銀行以外の会社に移り、第2の人生を歩みだした。銀行の場合は銀行本体がお膳立てしてくれるので、それなりにハッピーな感じがする。が、一足お先に勝手に他社に転職した僕は気がつけば、どっぷりとその企業の中に浸かってしまい、曲がりなりにも部長職の役職にとどまっているので、なんだかこれからもずっとこの会社に所属出来るのでは?と錯覚してしまうのでいけない。よく考えたらあと6年と11ヶ月しかない。会社は銀行と違って出向といったお膳立てはしてくれず、60歳になったらいきなり定年になり、役職がはずれてシニアで再雇用という形になるだけである。

 

この本では、冒頭にいきなり60歳以降の定年延長の話が出て来る。嘱託扱いになって給料が激減するため、両親を抱えた知人が転職するかどうかに迷うシーンである。結局は再雇用の道を選ぶのだが、さすがにこの時点でどうこう考えるのは遅い気がする。それで、事前にライフプラン研修などというものが各企業で行われている。が、その内容は下記の4点らしい。

1.受け取る年金額をきちんと計算して老後の資産を管理すること

2.今後長く暮らすことになる配偶者と良好な関係を築くこと

3.これから老年期に入るので自分の体調面、健康にも十分留意すること

4.退職後は自由な時間が生まれるので趣味を持たないといけない

もちろん、これらは重要な事なのだが、著者は40年近く働いてきた人たちにいきなり趣味をとかいうのはおかしいのではと投げかけている。僕もそう思う。僕など1番の資産はないし、2番はもう破綻している(というか離婚した)し、3番の健康も常に血圧が高く不安がいっぱいである。4番の趣味だけはいっぱいあるけど…。

 

著者は47歳に体調を崩して休職したことがあるとのことで、その当時は転職を試みたり、定年後に関していろいろと著作がある加藤仁氏の本を読んだりしてということが書かれているのだが、50歳から社会人大学院で勉強を始めたという話が書かれているくだりを読み、「あ、そうだ僕も大学院に行ってみよう!」と瞬間的に思ったのである。「そうだ京都、行こう」のノリである。

 

母校の大学に社会人大学院が開講されていたのは前から知っていたが、自分に興味のある分野のコースがないのと、昨年までは海外出張ばかりでちょっと行けないなあとずっと思っていたが、海外の部署からその時は外れたばかりで、しかも、神様の御告げだかなんだかわからないのだが、この本を読んだ直後に、もう一度大学のホームページを検索すると、なんと、来年の4月からは新しく「都市ビジネスコース」というICT、AI、イノベーション、起業というまさに僕がやってきたことにぴったりの内容のコースが出来ていた。しかもホームページを検索したその日は最終説明会の2日前である。さっそく電話で申し込み、2日後には説明会を聞きに行き、夏休みに課題の論文を書き、大学の卒業証明書を添えて提出、9月に面接を受けたところ、めでたく合格した。しかも10月からの異動先の職場の隣のビルに大学院があるという絶好の環境。異動通達の翌日が面接日で「大学院に通えますか?」という質問に「なんと、昨日の異動通達で来月から隣のビルに転勤になりました!」と答えて、面接の場なのに笑いを取ったので合格できたのかも。

 

その後「急になんで大学院?」といろんな人に聞かれたが、きっかけはこの本である。定年後にはできれば自分で起業したいという気持ちが強くなってきたのが一番の理由である。

 

一昨年から仕事の成果をまとめた論文を書いたところ優秀賞に選ばれ、賞金30万円をもらったり、昨年は「IT賞」という有名な賞をもらったり、この9月にはなんと経済産業大臣賞まで受賞したが、結局は会社が受賞したという事実が残るだけで、個人的にはあろうことかその部署をはずされて、異動になってしまう始末。ま、会社なんてのはそういうものなんだなと昨年強く感じた次第。しかしながら、定年に向けて気持ちを入れ替えるにはこれは良いきっかけになったと今になって思う。

 

著者もそうだったように、誰にでも多かれ少なかれ40歳から50歳頃にかけてこんな時期があるのだと思う。そのときに何かをスタートできるかどうかはとても重要だと思う。

 

思い起こせば、僕の親父も資格取得の本を買ってきたり、会社の作り方といった類の本を50歳前後で読んでいた記憶がある。結局何もしなかったけれど、定年後2ヶ月後に突然狭心症で倒れ、その後は病院と家を往復する老後を歩むことになってしまった。今考えれば、定年後にぽっかりと人生の目的がなくなってしまったのではないかと思うのだ。

 

この本では、図書館で小競り合いを起こす人や、クレーマーになっている元管理職の実態を提示し、イキイキした人は2割未満なのでは?と書いている。

「定年になってはじめの1ヶ月程度は開放感に満たされたが、それ以降はやることがなくて本当に辛かった。家に引きこもりがちになって半年もするとテレビの前から立ち上げれなくなった」

という人もいるそうだ。

 

著者は、自分の経験も含め今では50歳前後の人向けの研修をやっているそうで、その中で、「子どもの頃に好きだったこと」を思い出すことにしてもらっていると書かれている。

しかし自らのキャリアの棚卸し作業をやってもらうと、子供の頃のスペースもあるのに、大半は入社したときからしか振り返らない。せいぜい大学時代からである。

誰もがこどもの頃を経て今に至っている。それなのに多くの人がそのことを忘れている。日本のビジネスパーソンは、未来にも過去にもつながらず、現在だけを生きているのが特徴だ。しかし間違いなく定年後はやってくる。

確かにそうだと思う。

 

僕も新人向けの研修で、将来の夢を描くときに「子どものときにやっていて楽しかったこと」を思い出すようにしてもらっている。やってて楽しいことが本来の仕事なんだと最近強く感じる。まあ、そんな思い通りに仕事についている人は少ないと思う。けれど、人生は一度限り。会社の中でそこそこの成果をあげていても、それが子供の時からやりたかったことか?と聞かれれば答えられなくなってしまう。

 

僕も人生の後半戦に入っており、思えば昨年はひどい一年だった。けれど、人生の中では何度でもチャンスはあるのだと心に命じて、もう一度新しい人生を歩めるように今年から頑張っていこうと思う次第であります。

 

評価:
楠木 新
中央公論新社
¥ 842
コメント:定年後の生き方を考えるきっかけになった本

読書 | comments(0) | trackbacks(0)

今年の干支は戊戌(つちのえいぬ・ぼじゅつ)

2018年、今年の干支は戊戌(つちのえいぬ・ぼじゅつ)。

 

毎年、干支から一年の予測を立てていますが、去年の予測では、

アメリカではトランプ大統領の一挙手一投足が世界に大きな影響をもたらしますが、経済状況だけを見ればアメリカ経済は順調に推移するため、日本にもその恩恵はもたらされるものと思われます。

国内ではアベノミクス第2の矢である「積極的な財政政策」として今年28.1兆円の新経済対策が行われるため、企業側の内部留保が投資促進に進めば、オリンピックに向けた投資との相乗効果で日本経済は順調に推移するのではないかと思います。

という感じで、経済予測はほぼ当たっていたのではと思います。内部留保の投資促進は進みませんでしたが…。

内部留保していた資金を研究開発に投資し、Fintech、IoTなどをはじめ、過去にとらわれないイノベーションが各企業で起こり、60年前のように新しい製品が生み出されるようであれば、日本が世界を一歩リードする世の中になるのではないかと思っています。

という予測は少しはずれて、Amazon EchoやGoogle HomeなどのAIスピーカーはやはりアメリカが世界をリードした感じでしたし、アリペイなどのスマホ決済は中国がリード、日本はやはり世界から取り残されているという感じになってしまいました。が、景気は引き続き好調で、日経平均株価も2万3千円を越えており、この調子で、日本発の製品が世界をリードして欲しいなあと思う次第です。

 

で、2018年、今年の予測をはじめますが、

 

今年の干支は「戊戌(つちのえ・いぬ)」という干支で、十干の「戊」は「茂」と同義で、樹木が非常に茂っている様子を表します。安岡正篤氏の「干支の活学」を引用しますと、

樹木が茂ると、風通しや日当たりが悪くなって、虫がついたり、うら枯れしたり、根上がりしたりして、樹がいたむ、悪くすると枯れる。そこで思い切って剪定をしなければならぬ、というのが戊の意味であります。

と書かれている。一方、十二支の「戌(いぬ)」の方は「干支の活学」によれば、

戊に一を加えたもので茂と同義語。すなわち枝葉末節が茂って、日当たりが悪くなり、風が通らなくなることで、いわゆる末梢的煩瑣とか、過剰を表す文字である。

ということで、ほぼ同義の文字が連なっている干支になっており、要するに、「従来からの成長が順調に進んでいるものの、成長しすぎた樹木はどこかで剪定しなければいけないのと同様に、今年はどこかで思い切って切り取るべきところは切っていかねばならない」という意味をあらわすのではないかと思います。

 

変化をもたらさねばいけない年、それが2018年ということになるかと思います。

 

ちなみに60年前の戊戌の年、1958年(昭和33年)はどのような年だったかを振り返ると、

「皇太子と美智子様婚約」「東京タワー完成」「チキンラーメン発売」「スバル360発売」「フラフープ発売」「ホンダスーパーカブ発売」「三菱鉛筆ユニ発売」「新1万円札発行」「関門トンネル開通」「朝日麦酒缶ビール発売」「国立競技場完成」

など、前前年からの景気が更に拡大し、いろいろな変化が生じた年でありました。

 

今年2018年の状況も、経済的には60年前と同様に景気の拡大基調の中、6月には株価が大幅に上昇し、2020年のオリンピックに向けて、先行きの見通しが明るい状態になることが予想されます。また本年度の税制改正で賃上げによる20%の法人税減税が行われることで、企業の賃上げ機運が高まれば、消費拡大も見込まれ、更なる景気拡大が見込まれるのではないかと思います。

 

しかしながら、政治的には朝鮮半島危機が迫っており、平昌五輪閉幕以降の情勢が流動的ということと、国内の左派勢力の台頭により憲法改正で安倍政権が揺さぶりをかけられる可能性が高く、政権運営を一歩間違えば非常に不安定になるという危険性もはらんでいます。

 

今年の干支は思い切った大鉈を降ることで吉凶が変わる可能性がある年ですが、企業側としては今年は思い切って改革に投資を行い、変化をもたらすことを意識する必要があると思います。60年前のように次々と新しい製品を開発し、日本発のイノベーションを起こす活動を続けることが、日本の将来を明るくするのではないかと思います。

 

評価:
安岡 正篤
プレジデント社
コメント:毎年正月に干支を調べるのに使っています。

政治・経済 | comments(0) | trackbacks(0)

読書ノート 五木寛之「林住期」

JUGEMテーマ:読書

 

10年前に出版された本だが、五木寛之の「林住期」を読んだ。

 

仏教で説かれている話らしいが、人生を25年ごとに4つの期に分けて

(1)学生(がくしょう)期(0〜25歳)

(2)家住(かじゅう)期 (25歳〜50歳)

(3)林住(りんじゅう)期(50歳〜75歳)

(4)遊行(ゆぎょう)期 (75歳〜100歳)

と呼ぶそうだ。

 

(1)の学生期は「準備の時代」。心身を育て、経験を積むトレーニングの時代とのこと。まあ学校に行ってる時代です。

(2)の家住期は「勤労の時代」。社会人としての責任を果たし、家庭人としての義務を果たす時代とのこと。会社員時代という感じでしょうか?

そして、(3)の林住期は学生期、家住期で蓄えたものをベースに「離陸する時代」ではないか?と著者は問いかけています。

 

お金のために働くのではなく、やりたいことをやる時期。学生期、家住期に蓄えた力をもとに本来の自分の道へと進むべきと提案しています。好きなことをするためにはこの時期に、妻と別居(または夫と別居)するのも一つの道と書かれています。

 

なるほど、と合点がいく内容。離婚のすすめではないだろうが、子供を育て上げれば、親はいつまでも子供にべったりしていてはだめで、早めに家から巣立たせるようにしなくてはいけないだろうし、親たち二人も漫然と一緒に過ごすのではなく、それぞれ本来やるべきことをするのが重要だと思う。

 

ずいぶん昔に数学者の森毅さんも「人生20年説」という本を書かれており、人生を20年ごとに終わって4毛作の人生を歩むべきと主張されていたけれど、あの本も「林住期」のことを言ってたんだなと今になって思う。

 

私も現在52歳で「林住期」に入っている。好きなことをやっていくことにしよう。

読書 | comments(0) | trackbacks(0)

2017年 今年の干支は「丁酉(ていゆう・ひのととり)」

新しい年が始まった。

 

干支は「十干」と「十二支」の組み合わせで60年で1サイクルになっている。甲子園の「甲子」が1番目でそこから「乙丑」「丙寅」…と続き、3年前の「甲午」が31番目でその年から「陰」が「陽」に反転する。陽転4年目にあたる34番目の今年の干支は「丁酉(ていゆう・ひのととり)」。例年のように安岡正篤の「干支の活学」から今年の予想をしてみようと思う。

 

先ず「丁」の字は

丁の上の一は、陽気の代表的な干である去年の丙の上の一(一は陽気を表す)をうけて、さらに陽気が進んだ段階を示しております。したがって、春から延びてきた陽気の最終的段階、季節でいうならば4月、5月に当たります。しかしその頃になると盛んであった陽気が、やや末期に入ってくる、沈んでくる。それが丁の字の本義であります。

丁の下の部分は在来の勢力に対抗する新しい動きを示しておる。つまり「丁」という字は、新旧両勢力の衝突を意味しておるわけであります。

ということで、順調に延びてきた葉っぱが生い茂り、少し垂れてくる状況(旧勢力の力の衰退)の中、新勢力が勢いを出してくる。というやや混沌とした世の中になる可能性があるという意味が「丁」の文字にはあります。

 

続いて「酉」の字は

酉は酒甕を表し、かめの中に溜まっている麹の醗酵を表す象形文字です。中に醸されている新しい勢力の爆発、蒸発、これは昔から新しい革命勢力の作られることを表すわけであります。

「丁」の文字にも新勢力の動きを意味するところがあるが、「酉」の文字にも新勢力の爆発、蒸発を意味するところがあり、「丁酉」の年は新しい動きや革命が起こりやすい年と言えるようです。

 

過去の「丁酉」の年を見てみますと、1597年(慶長2年)には豊臣秀吉が朝鮮へ出兵(慶長の役、朝鮮では「丁酉倭乱」)しており、1837年(天保8年)は天保の大飢饉により大塩平八郎の乱や生田万(よろず)の乱が相次いで起こった年でした。イギリスではビクトリア女王が即位し、大英帝国が世界各国を植民地化していく最初の年でもあります。

 

ただ、革命的な動きだけでなく、積極的な視点から見れば、新しい動きが起こる年でも有り、60年前の1957年には日本で始めて東海村の原子炉に原子の火が点り原子力発電会社が営業を開始、糸川英夫博士がで国産ロケット「カッパー4C型」の発射に成功した年でした。この年は新しい製品開発も進み、ソニーが世界最小のトランジスタラジオ「TR63型ポケッタブルラジオ」を発売、プリンス自動車が「スカイライン」を発売、トヨタが「コロナ」を発売、日産が「ダットサン・210」を発売するなど、イノベーションが飛躍的に向上した年でもあります。

 

以上のことから今年2017年を予測すると、海外では上記で説明した「丁酉」の文字通りに大きな変動があり、アメリカではトランプ大統領が今月誕生し、イギリスではEU離脱決定、3月にオランダ総選挙、4月にフランス大統領選挙、6月にフランス国民議会選挙、8月からドイツ連邦議会選挙と続き、いずれも現状の勢力が新勢力に押され気味という状況となっており、今年一年は混沌とした状況が予想されます。

 

アメリカではトランプ大統領の一挙手一投足が世界に大きな影響をもたらしますが、経済状況だけを見ればアメリカ経済は順調に推移するため、日本にもその恩恵はもたらされるものと思われます。ただし、当初はドル高で推移し日本に大変有利に展開するものの、トランプ氏の保護貿易姿勢が強まればドルが軟調になり、中盤以降はドル安円高基調となる可能性が高く予断を許さない状況です。

 

しかしながら、国内ではアベノミクス第2の矢である「積極的な財政政策」として今年28.1兆円の新経済対策が行われるため、企業側の内部留保が投資促進に進めば、オリンピックに向けた投資との相乗効果で日本経済は順調に推移するのではないかと思います。

 

特に内部留保していた資金を研究開発に投資し、Fintech、IoTなどをはじめ、過去にとらわれないイノベーションが各企業で起こり、60年前のように新しい製品が生み出されるようであれば、日本が世界を一歩リードする世の中になるのではないかと思っています。

 

バブル崩壊以降自信を失い続けていた日本ですが、政治的にも超安定政権のもと、海外が混沌としている今年は大いなるチャンスの年であり、このタイミングを逃さず日本はもっと世界に打って出るべきだと思います。

 

「丁酉」の年は変革の年。「日本発」のイノベーションを各企業が起こし、世界に影響を与える年になればと期待します。

 

(写真:元旦の履中天皇陵)

 

JUGEMテーマ:経済全般

政治・経済 | comments(0) | trackbacks(0)

来年こそは毎週ブログを更新しよう

久しぶりの休日。

2012年からずっと海外出張ばかりで、ゆっくりとした休日を過ごすことがなかった。

いきおい、ブログの更新も滞りがちになり、自分を見失ってきていた。

 

今年全世界の展開が終わり、ようやく自分を見つめ直すことができるようになった。

 

突っ走っていたこの4年間。

反省も込めて、ブログの更新を再開し、自分の意見を世の中に出していくようにしたいと思う。

 

JUGEMテーマ:日記・一般

 

(写真:新大阪駅前の風景)

 

 

 

写真日記 | comments(0) | trackbacks(0)

1960年代のワクワク感が今の日本にあるか?

リオのオリンピックが終わり、4年後に東京にオリンピックが来るのだが、1960年代に日本国民が感じていたワクワク感が今の日本にあるだろうか?

 

1960年代を振り返ると、1960年の池田勇人内閣による「所得倍増計画」で幕を開け、それ以降、オリンピックに向けて首都高速道路を整備し、羽田と都心を結ぶ東京モノレールを作り、東海道新幹線を開通させ、1058室のホテルニューオータニをはじめとした大型ホテルが次々と開業、渋谷・池袋・新橋などの駅前にあった闇市マーケットを一掃しステーションビルを作り、オリンピック競技場に至っては、駒沢オリンピック公園(サッカー競技場、第二球技場、体育館)、国立屋内総合競技場、付属体育館、日本武道館、渋谷公会堂を次々と作るということを一気に行った。もう国民全員がオリンピックに向けてワクワクドキドキ、なんかスゴイなーと思っていた時代であったと思う。

 

今は当時と同じ東京オリンピックの4年前なのだが、所得倍増計画も無ければ、首都高速を整備し直すとか、街を作りなおすとか、そんな話は一切なく、国立競技場にカネがかかり過ぎとか、東京都議会のドンがどうのこうのとか、オリンピックロゴがダサいとか、ボランティアの衣装が韓国風だとか、なんかくだらない、どうでもいい話しか聞こえてこず、全くワクワク感のないままオリンピックの旗を小池都知事が持って帰ってきている状況だ。

 

小池都知事はオリンピックの費用について調べていくとか言っていたが、そんな話ではなく、「2020年に向けた日本再生のグランドデザインはどうなっているのか?」ということを前提に何をこれからしていくべきなのかを問題にすべきである。

 

それは都知事だけの領域の話ではなく、国会議員をはじめとした日本国民全員がもう一度考えなおさなければいけないことだ。

 

企業はもちろん自社の利益のために活動をするのだけれど、日本の再生のための新しいことを考えないといけないと思う。「景観を損ねている首都高速道路の付替えをしませんか?」とか、「電線の地中化を一気にやりませんか?」とか、「超高級ホテルを誘致しませんか?」とか、「ロボットを駆使して案内センターに置きませんか?」とか、「キャラクターを活かしたコンテンツ・ビジネスをもっと海外に出しませんか?」とか、いろいろ国に提案できるのではないだろうか?

 

オリンピックにネガティブな感情をもっている国民が多いが、この前のリオのオリンピックを見て、やっぱりオリンピックってイイなと思ったはずである。なので、オリンピックをレバレッジとして日本を再浮揚させる目的で、どんどん投資を行うべきだと思う。

 

そもそも8月に開催しても良いのか?という初歩的な疑問を感じてしまう。暑すぎる日本でマラソンをするなんて想像できない。画期的に涼しいコースに出来るのであればそれはそれで「ものづくり日本」を宣伝できるけど、そんなこと誰も考えていないのではないだろうか。

 

オリンピックに至るまでのプランが全然国民に見えない。この大規模プロジェクトのリーダーは一体誰なのか?

 

もし、プロジェクトリーダーがちゃんといるのなら、もっと日本国民がもっとワクワクするように、オリンピックに向けたあっと驚くようなものすごいプランを公表するべきだと思う。というか、4年前なのでもう公表してないとおかしいと思うのだ。

 

JUGEMテーマ:経済全般

 

社会論 | comments(0) | trackbacks(0)