<< あかん、運動せねば | main | エプソンEP-802Aを購入 >>

夜10時40分 車中でジュースを飲み、携帯電話をする小学生達

政策も全くおかしいが、教育もおかしくなっている。

夜10時40分、小学4年生くらいの3人がジュースを飲みながら電車に乗って来た。一人は携帯をかけながら何やら親に電話をしている様子だった。

夜10時40分だよ。進学塾の帰りだと思うが、塾もちょっとおかしいんではないだろうか?まだ小学生だというのに何時まで勉強させる気なのだろうか?非常識もはなはだしい。

小学生なんて1日1時間も勉強すればいいのではないかと思うのだ。それよりも好きなことをやる時間が必要なのではないかと思うのだ。

私が小学4年生の頃と言えば、毎日宿題を済ませた後はすぐに空き地に野球をしに行っていたと思う。習字も習ってたしそろばんも習ってたけど、なぜか野球をやる時間はあったと思う。野球といってもゴムボールを使った三角ベースだ。5時になると町内会のスピーカーから旅愁が流れるので家には5時に帰っていた。勉強などせずに7時からのテレビを見ては毎晩8時半には寝ていたと思う。勉強は学校の授業と宿題だけ。日曜日だけ「8時だよ全員集合」を見るので9時に寝ていたが、それ以外はいつも8時半。小学校6年までその時間に寝ていた。

野球以外には「本作り」に凝っていた。「本」と言っても画用紙5、6枚を折って製本するだけのものだけど、内容が地理、歴史、化学などなど多岐にわたっていた。小学校2年生のときに叔父からもらった「日本国勢図会」という統計資料に熱中し、統計を集めてくるのが好きになった。それ以降集めた資料を自分なりに分類しては「和泉教育出版」みたいな名前をつけて本を作るのが趣味になった。

変な趣味だけれど、小学校6年のときには「卒論」を作ろうという先生の発案があり、待ってましたとばかり、超ロングな卒論「食品添加物の功罪」みたいなものをつくって先生を驚かした記憶がある。有吉佐和子の「複合汚染」やブルーバックスなどの本をもとにサリチル酸などの防腐剤や合成甘味料の化学式まで載せて食品添加物の危険性を訴えた内容はびっくりさせたと思うが、そういう私も中学校に入ると普通の人になっていた。

だけど、今考えれば、その当時興味を持っていた「統計」とか「本の編集」というのは後々にまで影響があって、大学は「経済統計論」を専攻したし、今の仕事はITだ。ITの仕事は実は編集の仕事に似ている。コンテンツをどのように画面に配置すべきかというデザイン能力もいるし、ユーザーにわかりやすく伝えるしくみというのは「編集」そのもののロジックなのだ。結局三つ子の魂百までじゃないけど、子どものときの記憶はいつまでも体に残っているものだ。

そういう大事な時期に中学受験をするということはそういう自分の根っこをつくる機会を奪うということなのではないかと思う。そんな大事な時期を中学受験に費やすということは、大人になったときに自分は何者なのかわからなくなってしまうのではないかということだ。「そういえば子どもの頃はああいうことが好きだったよな〜」という原体験のないまま大人になった場合、仕事につまづいたときに心が折れてしまう可能性がある。

だからいい年をしていつまでも「自分探し」をしている人が多いのではないだろうかと思う。子どものときに見つけられなかったからといって、大人になってからでは見つけようがないのだ。だから自分の仕事に自信が持てないし、どこかで投げやりになってしまうし、そこに集中できない。子どものときに無茶をしてないからいつまでも無茶が出来ずに自滅する。

小学校時代はいろいろな体験の中で自分の適性を見極める時期だと思う。小学校の教育はあくまで基礎的な勉強の土台づくりに徹して、好奇心を養成する施策をドンドンやるべきだと思う。好きなことに熱中するということを小学校の時期に身につけておくべきだ。

だからそんな時期に中学受験みたいなクイズに強い人材づくりというのはどうなんだろう?と思ってしまうのだ。

まあ、それよりもなによりも、電車の中で飲み食いをしたり携帯電話をすることがダメだというマナーをきっちりと教える方が先なんじゃないかとも思うんだけどネ。
日記 | comments(0) | trackbacks(0)
 
Comment








   
 
Trackback URL
http://fukarei.jugem.cc/trackback/709
Trackback