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海外に行くとやっぱり日本がイイなと思う

今年の夏頃から仕事が激変し、海外出張が続いている。

先月末は2週間アメリカに滞在したが、そこで感じたのはやっぱり日本がイイなということだ。

具体的に言うと、日本は「ウォシュレットがある」「レストランの店員のサービス態度がイイ」「コンビニがいっぱいある」「電車網が充実している。電車と徒歩でほとんどの場所に行ける。」「スーパーの品ぞろえがすごい」「おみやげものがいっぱいある」 といった細かいことなんだけど、生活をし始めると途端に感じるが、アメリカにいると何だかすごく不足感がある。あれもないこれもないという感覚に陥る。お好み焼きを作ろうと思って買い物したのだが、包丁一つまともなのがない。まな板もない。お好み焼用ソースがない(これはあたりまえ)。

AppleやAmazonがすごいサービスを考えついているが、どちらもアメリカだと不足感が大きくて、それを補うために発案できているのかもしれない。CDを買ったり、本を買ったりということが面倒だったんじゃないかということだ。

日本だと、会社帰りにちょっと買い物っていうのが簡単にできる。とにかく日本のお店はものすごくたくさんのものが詰め込まれている感じだ。

ANAの国内線で今月は「詰める」ということをテーマにお弁当箱の話やキディランドやお土産物屋のような店では、ありとあらゆるものがものすごくたくさん展示されているということを機内番組で流している。デープ・スペクターが日本の良さを語っているんだけど、外国人から見ても日本は良い国だと思うんじゃないだろうか?すごくモノやサービスが充実しているからだ。先日海外から日本に来たアメリカのITのチーフが「ヨドバシカメラ」と「東急ハンズ」に感動していた。まあ、確かにものがいっぱいあるもんね。

しかし、日本人はあまりに充実しているのでそこに安住してしまっているという気がする。人間はハングリーでなければ成長しない。つねに不足感を感じて新しいチャレンジをしていかなければいけないと思う。

アメリカの場合、テレビなどは自国生産をしていない。ほとんどのテレビにLGかSAMSUNGのロゴがついている。日本はそれをがんばってやろうとして価格競争で負けている。そのあたりは割り切っているという感じだ。

でも、かといって日本企業が生産をやめるべきだとも思えない。日本独自の技術を追求しなければイノベーションはできないからだ。製品ラインナップを変えるということだ。現状の問題は商品のレパートリーと集中投下すべき商品の選択を誤っているだけだと思う。

パソコンやテレビのようにパーツの組み合わせでできる商品で新興国に勝とうと思ってもそれは勝てなくなっている。円が異常に強いからだ。そういうのは新興国にまかせてしまっていいと思う。日本がやるべきことはもっと違う付加価値の高い商品を作るということだ。それがAppleでありAmazonの戦略なんだと思う。

ということをつらつら考えながら思うのは、日本の大企業に属している人では、もうこれからの世の中に太刀打ちできないかもしれないということだ。大企業の中にいては社員はあくまで「労働者」という位置づけでしかなく、経営者自身もサラリーマンであり、リスクを取って博打ができない人ばかりになっているからだ。

イノベーターを発掘しようという気が経営陣にないので、当然イノベーティブな製品はできるわけがない。現状改良型で今まで日本は戦後頑張ってきたが、そういうことは韓国のほうが得意になってきている。日本は先進国として一歩先を行かなくてはいけなくなっているということに気づいていない。ステージが10年前くらいから変わってきているのだが、日本企業はいまだに新しいステージに適応できていない状態になっている。

それに輪をかけて「人事制度」のあやまりが是正されていないことが問題だ。「成果主義」では「成果」は出ない。それに早く気づくべきだ。成果主義のおかげで、技術を大事にすること、年長者を大事にすること、家族的な経営という日本的な一番重要な根っこの部分が壊れてきてしまっている。これはとても問題だ。

テレビを見ていると訳知り顔でこれからは「モノづくり」ではなく「金融」だとかいう馬鹿な評論家がいる。そんなわけはないだろう。AppleやAmazonが金融なのか?? やっぱり新しい「技術」が重要だと思う。儲からないかもしれないけれど、これからは新しいことにチャレンジする人を評価する人事制度に変える必要がある。一見無駄なことが重要だと思う。

日本人の中にはすごい能力を持っている人がいると思うのだ。企業がそういう人たちの芽をつんでいる気がしてならない。従来の発想からは考えつかないものを考える人がいるはず。そういう人を大切にし、自信をもって新しいことにチャレンジしていく国に変われば、日本も復活すると思う。

従来のやり方に固執するのではなく、それでいて捨て去るのでもなく、伝統を重んじつつ、伝統の延長線上に新しい階段を積み上げていくのが日本式の経営だと思う。

先日伊勢神宮の式年遷宮を調査しに、実際に神宮に行ってきたが、昔からの伝統を大切にし、従来の方式にこだわりつつも時代に応じて新しい技術を導入していることがわかった。式年遷宮とはは20年に一度、伊勢神宮の外宮内宮のそれぞれの建物と、別宮の建物や各種装飾品、橋までも付け替えるのだが、建築技法や和釘づくりや飾り職人などそれぞれの「ワザ」を継承していくために20年毎に行なっている。一見無駄なことのようだが、毎回の建築作業の中にも新しい発見があり、技を継承していくと同時にイノベーションが起きている。

日本的な文化として「残すべきところは残し、変えていくべきところは変える」という取捨選択をし、他国に惑わされず、自信を持ってチャレンジしていくことが大事だ。現状のような豊富なモノやサービスがあることに安住するのではなく、「常に良い物はもっとある」という考え方でさらなるイノベーションを起こしていく国が本来の日本の姿なんだと思う。

「現状維持はゆるやかな衰退」である。来年こそは日本飛躍の年にしたいものだと思う。
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