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「現代東京奇譚」を聴きながら

 『現代東京奇譚』 桑田佳祐
 
 明日の行方も知れない
 羊達の群れ
 都会の闇に彷徨い
 身を守るだけ
 (中略)
 飼いならされた僕は
 一人じゃ立てそうもない
 川は流れ ただそれを
 見つめるばかり
 (中略)
 幼き日に見た夢が
 全て嘘と言うのなら
 世の中は裏表
 何故か教えて…

昨日から、この曲ばかり聴いている。

世の中の不条理を嘆いても仕方ないが、バブル崩壊以降の各企業が採用した成果主義がこの国に落とした陰は異常にまでに現代の日本人の心を蝕んでいる。

将来に希望が持てない異常な「成果主義」中心の人事制度のせいで、同じ職場の人同士がライバルとして競争相手となり、上には媚びへつらい、下には傍若無人に振る舞う輩が増えた。そこには会社を良くしようとか、もっと言うと「この国を良くしよう」という発想はなくなり、いかに会社の中で自分が人を出しぬいて出世するかが大切になっていく。

昔から銀行にはこのおかしな成果主義が取り入れられていた。それが今ドラマ「半沢直樹」で取り上げられているが、このドラマに代表されるように銀行の内部では異常なまでの人事へのこだわりと歪な出世競争にさらされていた。ホントに異常だ。

ところが今では銀行だけでなく、ほとんどの大企業がこの異常な人事制度を取り入れ、日本企業が大切にしていた「企業は家族」という思想、すなわち「終身雇用」「下がらない賃金」「老後の保証」「社内福利厚生」が砕け散ってしまったのだ。

バブル崩壊以降の低成長、デフレスパイラル、下流社会、イジメ…、それらはすべて、この企業の変質が原因だと思う。

将来上がることが確約されていない賃金制度の元では高額の長期のローンは組みにくい。これは住宅取得意欲減少の大きな原因だ。あきらめて賃貸(それも会社負担の)にするか、自分の給料の範囲内の安い家で我慢するようになっていく。

年金もあてにならないので、なるべく日常では安い買い物をして貯蓄しようとする。それがデフレの大きな原因だ。「もっと安く」と安値競争をして日本企業はお互い足を引っ張り合っていた。

会社では、失点が少ないように達成可能な目標を掲げるようになる。目標が低すぎれば評価が低くなるので、目標ちょっと上くらいにして、毎回失敗がないように無難に過ごすようになる。常に上司の目を気にし、自分の仕事が何の役に立っているのか、そもそも会社の理念は何だったのかなんてことは忘れて、ただ日常を過ごしていく。

過度のストレスにさらされているのでちょっとした事でメンタル的にやられ、原因を人のせいにしていく。「俺は一生懸命に働いているのに」と家族にあたりちらし、朝から電車内では押されたと言っては喧嘩をし、怒り、眉間に皺を寄せて出社する人が増えている。そういう親は子どもに未来を語れていないことだろう。

一体人は何のために生まれてきたのだろうか?
この日本で僕らは何をやればいいのか、ということを問わずに多くの人は日常を生きている。

だが、だれもが何かの役割を担って生まれてきたはずだ。会社員として過ごしていても、それは単に自分の評価を上げるためでなく、会社が担っている社会的使命の一翼を担っているといつも考えることが大事だ。

ドラマ半沢直樹の原作「オレたち花のバブル組」の中でこんな文章がある
仕事は二の次で余暇を楽しめればいい、そう考えたこともある。
しかし、一日の半分以上も時間を費やしているものに見切りをつけることは人生の半分を諦めるのに等しい。誰だって、できればそんなことはしたくないはずだ。いい加減に流すだけの仕事ほどつまらないものはない。そのつまらない仕事に人生を費やすだけの意味があるのか?
仕事を面白くするためにも、一刻も早く今の人事制度を変えていく必要があると思う。
ここに来てアベノミクスの成果が出てきた。オリンピックも7年後に東京開催が決定した。夢の持てた昭和30年台が復活したかのようにも思える。だから今こそ日本人としての原点に復帰すべきだと思う。

昔のように、将来に希望が持てる日本になるべきだ。日本人としての誇りを持てる国、「ああこの国に生まれてきて良かった」と子どもたちが思える社会。そんな国にしていきたいと思う。

そのためにも親世代が一生懸命この国のために働き、子どもたちに未来を語らなければならない。自分の出世よりもこの国のために生きるというふうに今までとは視点を変えて生きていく必要が大人たちにはあるのだと思うのだ。

誰にでもできると思う。

僕も、銀行時代にシステム部でのびのびとやっていたが、合併後に東京転勤を拒否したことから、異動したある部署で徹底的に虐め抜かれ、精神がおかしくなりそうになった。教えられていないことができないと言っては全部員に僕を誹謗中傷するメールを送る次長がいた。それは今で言うパワハラにあたると思う。僕だけでなくもう一人ターゲットになっている社員がいたが、そういう次長がいると全員がそいつの顔色を伺うようになる。そんなバカな話があるかと思いこちらも徹底的に無視をしていたことから、たった半年で、仕事を取り上げられ挙句の果てには5万円給料を下げられた上で異動させられた。

そこで一旦銀行という組織に諦めを持てることができた。もう銀行なんてどうでも良くなった。なので、その後異動した総務部不動産売却部門では嘘のように楽しい銀行員生活を送れた。毎日10億単位の物件の売買を一人でできる環境で、猛烈に働いた。システム部員に不動産取引などできないと思ったのだろうが、残念ながら僕の得意分野だったのだ。不動産会社に就職しようと思ってたくらいだからね…。会社に評価してもらおうという欲をなくせば人間なんだってできるんだと思った。

その後は運良く転職でき、元のシステムの仕事ができ、今のところ順風満帆の状況だ。今の会社でもあまり会社の社内政治とか人事制度には無頓着に日々飄々と生きている。

組織にしがみついていると見えないものが、一旦、組織を離れてみると見えるようになってくる。「何のために仕事をしているのか」ということを忘れずに生きていれば、人間かならずいいことがあるのだと思うのだ。

捨てる神あれば拾う神あり、かならずお天道さまは頑張ってる人を見てくれていると思う。

評価:
桑田佳祐
ビクターエンタテインメント
¥ 2,829
コメント:「愛しい人へ捧ぐ歌」を聴きたくて買ったのですが、「現代東京奇譚」ばっかり聴いてます。

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