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日本車の顔がなくなっている。

車検の時期が来て、9年も乗ったSTEPWGNを買い換えようかどうか迷ったが、結局車検にすることにした。

セダンを買おうと思ったのだが、HONDAには適当なものがなくなっている。セダンはなんと2車種しかない。その一つであるアコードハイブリッドは大きすぎるし前面のデザインが異様だ。で、もう一つこの冬に新しく出たグレイスは大きさは適当なのだが、どうも優等生っぽくて中途半端なのだ。ドイツのアウディA3セダンはグレイスと形も大きさも似てるのだが、ものすごく購入意欲をそそるデザインになっている。今回このA3セダンを買おうかと思ったのだが、日本のGDP向上のためにも外車ではなくやはり日本車を買いたいのだ。

ドイツ車のアウディやBMWやベンツやVWと比べて日本車は何が違うのか考えたところ、決定的な違いとして、ドイツ車にはメーカーそれぞれの顔がはっきりしているということがあげられると思う。正面から見たデザインに統一性がある。いずれもそれぞれのブランドロゴを前面に出してはっきりとこれはアウディ、これはベンツというのがよくわかる。日本でもNISSAN、MAZDAは最近の車種は顔がはっきりしており、北米でも人気車になっている。(スバルは今回のレガシーで少し変えてしまった。)

一方、日本車特に好きだったHONDAのデザインはどんどん悪くなっている。年々大衆迎合になっており、軽やワゴン車にシフトしてしまい、せっかくのHONDAらしさが失われているような気がする。グレイスに至っては前面から見てHONDAかどうかがよくわからないデザインになってしまっている。もちろん見た目よりは室内は広いし、燃費性能も高く、機能的には良いクルマなのかもしれない。が、購入しようとは思えないデザインである。顔がはっきりしないし、全体的には結局全く美しくないデザインだと思う。

ソニーの凋落原因も似たものがあるが、日本メーカーのものはデザインが悪いと思う。アップル製品が人気なのはデザインが優れていたからであり、そこが他を寄せ付けない強さになっていた。時代は個性の時代になっており、優れたデザイン性を保ちながらはっきりとメーカーのブランドとしての顔を出せるデザインを創造していかねばならなくなってきていると思う。

そういう意味ではソニーのVAIOは大変良かったのに分社化してしまった。Xperiaがどこまでデザイン性を出せるかが勝負だが、この領域はSamsungに水を開けられている。大丈夫だろうか?

これからは機能からデザインに変化してきているものづくりを日本がどうリードできるかが大事だ。なので大学教育も工学系統の中にデザインや芸術の領域をもっと含めていかねばならないのではないかと思う。

 
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