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【読書ノート】「定年後」

昨年ベストセラーになった楠木新氏の「定年後〜50歳からの生き方、終わり方〜」という本をもう一度読み直してみた。

もともとは「LIFE SIFT〜100年時代の人生戦略〜」を読んで、昨年の夏ごろにこれからの50年をどう過ごそうかな?という不安感もあり手に取ってみたのがきっかけ。

 

銀行の同期が昨年相次いで、出向・転籍ということで銀行以外の会社に移り、第2の人生を歩みだした。銀行の場合は銀行本体がお膳立てしてくれるので、それなりにハッピーな感じがする。が、一足お先に勝手に他社に転職した僕は気がつけば、どっぷりとその企業の中に浸かってしまい、曲がりなりにも部長職の役職にとどまっているので、なんだかこれからもずっとこの会社に所属出来るのでは?と錯覚してしまうのでいけない。よく考えたらあと6年と11ヶ月しかない。会社は銀行と違って出向といったお膳立てはしてくれず、60歳になったらいきなり定年になり、役職がはずれてシニアで再雇用という形になるだけである。

 

この本では、冒頭にいきなり60歳以降の定年延長の話が出て来る。嘱託扱いになって給料が激減するため、両親を抱えた知人が転職するかどうかに迷うシーンである。結局は再雇用の道を選ぶのだが、さすがにこの時点でどうこう考えるのは遅い気がする。それで、事前にライフプラン研修などというものが各企業で行われている。が、その内容は下記の4点らしい。

1.受け取る年金額をきちんと計算して老後の資産を管理すること

2.今後長く暮らすことになる配偶者と良好な関係を築くこと

3.これから老年期に入るので自分の体調面、健康にも十分留意すること

4.退職後は自由な時間が生まれるので趣味を持たないといけない

もちろん、これらは重要な事なのだが、著者は40年近く働いてきた人たちにいきなり趣味をとかいうのはおかしいのではと投げかけている。僕もそう思う。僕など1番の資産はないし、2番はもう破綻している(というか離婚した)し、3番の健康も常に血圧が高く不安がいっぱいである。4番の趣味だけはいっぱいあるけど…。

 

著者は47歳に体調を崩して休職したことがあるとのことで、その当時は転職を試みたり、定年後に関していろいろと著作がある加藤仁氏の本を読んだりしてということが書かれているのだが、50歳から社会人大学院で勉強を始めたという話が書かれているくだりを読み、「あ、そうだ僕も大学院に行ってみよう!」と瞬間的に思ったのである。「そうだ京都、行こう」のノリである。

 

母校の大学に社会人大学院が開講されていたのは前から知っていたが、自分に興味のある分野のコースがないのと、昨年までは海外出張ばかりでちょっと行けないなあとずっと思っていたが、海外の部署からその時は外れたばかりで、しかも、神様の御告げだかなんだかわからないのだが、この本を読んだ直後に、もう一度大学のホームページを検索すると、なんと、来年の4月からは新しく「都市ビジネスコース」というICT、AI、イノベーション、起業というまさに僕がやってきたことにぴったりの内容のコースが出来ていた。しかもホームページを検索したその日は最終説明会の2日前である。さっそく電話で申し込み、2日後には説明会を聞きに行き、夏休みに課題の論文を書き、大学の卒業証明書を添えて提出、9月に面接を受けたところ、めでたく合格した。しかも10月からの異動先の職場の隣のビルに大学院があるという絶好の環境。異動通達の翌日が面接日で「大学院に通えますか?」という質問に「なんと、昨日の異動通達で来月から隣のビルに転勤になりました!」と答えて、面接の場なのに笑いを取ったので合格できたのかも。

 

その後「急になんで大学院?」といろんな人に聞かれたが、きっかけはこの本である。定年後にはできれば自分で起業したいという気持ちが強くなってきたのが一番の理由である。

 

一昨年から仕事の成果をまとめた論文を書いたところ優秀賞に選ばれ、賞金30万円をもらったり、昨年は「IT賞」という有名な賞をもらったり、この9月にはなんと経済産業大臣賞まで受賞したが、結局は会社が受賞したという事実が残るだけで、個人的にはあろうことかその部署をはずされて、異動になってしまう始末。ま、会社なんてのはそういうものなんだなと昨年強く感じた次第。しかしながら、定年に向けて気持ちを入れ替えるにはこれは良いきっかけになったと今になって思う。

 

著者もそうだったように、誰にでも多かれ少なかれ40歳から50歳頃にかけてこんな時期があるのだと思う。そのときに何かをスタートできるかどうかはとても重要だと思う。

 

思い起こせば、僕の親父も資格取得の本を買ってきたり、会社の作り方といった類の本を50歳前後で読んでいた記憶がある。結局何もしなかったけれど、定年後2ヶ月後に突然狭心症で倒れ、その後は病院と家を往復する老後を歩むことになってしまった。今考えれば、定年後にぽっかりと人生の目的がなくなってしまったのではないかと思うのだ。

 

この本では、図書館で小競り合いを起こす人や、クレーマーになっている元管理職の実態を提示し、イキイキした人は2割未満なのでは?と書いている。

「定年になってはじめの1ヶ月程度は開放感に満たされたが、それ以降はやることがなくて本当に辛かった。家に引きこもりがちになって半年もするとテレビの前から立ち上げれなくなった」

という人もいるそうだ。

 

著者は、自分の経験も含め今では50歳前後の人向けの研修をやっているそうで、その中で、「子どもの頃に好きだったこと」を思い出すことにしてもらっていると書かれている。

しかし自らのキャリアの棚卸し作業をやってもらうと、子供の頃のスペースもあるのに、大半は入社したときからしか振り返らない。せいぜい大学時代からである。

誰もがこどもの頃を経て今に至っている。それなのに多くの人がそのことを忘れている。日本のビジネスパーソンは、未来にも過去にもつながらず、現在だけを生きているのが特徴だ。しかし間違いなく定年後はやってくる。

確かにそうだと思う。

 

僕も新人向けの研修で、将来の夢を描くときに「子どものときにやっていて楽しかったこと」を思い出すようにしてもらっている。やってて楽しいことが本来の仕事なんだと最近強く感じる。まあ、そんな思い通りに仕事についている人は少ないと思う。けれど、人生は一度限り。会社の中でそこそこの成果をあげていても、それが子供の時からやりたかったことか?と聞かれれば答えられなくなってしまう。

 

僕も人生の後半戦に入っており、思えば昨年はひどい一年だった。けれど、人生の中では何度でもチャンスはあるのだと心に命じて、もう一度新しい人生を歩めるように今年から頑張っていこうと思う次第であります。

 

評価:
楠木 新
中央公論新社
¥ 842
コメント:定年後の生き方を考えるきっかけになった本

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