ポピュリズムに陥りやすい日本人の気質

日本人はどうも白か黒かの極端にブレる傾向にある。
 
時代劇でも悪者と正義の味方がはっきりと分けられている。勧善懲悪が好きである。
政治では中韓擁護者や反体制派をサヨク、安倍総理擁護者をウヨクと決めつけて、やれ左だの右だのと、中韓の話なのに中間がないのである。

で、話は「大阪都構想」の話である。

この前の大阪都構想の住民投票でも同じで、橋下氏が頑張っている「改革」に賛成なのか反対なのか?というものすごく極端な話になってしまった。

この構想の問題点は、事務の流れが整理されておらず、いざ大阪市が廃止され特別区になった場合の組織形態、ガバナンス、制度、権限、その他諸々のことが不明確なまま見切り発車だったという点だったと思うのだがあまり議論されなかった。橋下氏の性格なのか人の気持を理解せず、例えば大阪市立大学出身者の気持ちなど全く無視して、「大阪府立大学は存続し、大阪市立大学はなくなります」と平気で言ったりする。「文楽廃止」と言った時もそうだし、とにかく見切り発車で現場の気持ちを汲み取っていない。特に今回は大阪市職員や大阪市営交通のような大きな組織の人員をどう処遇するのかなど大事なことが全く決まっていないようにみえた。

また、基本的には新自由主義経済の傾向が強く、都構想の効果に当たる部分は「コストカット」と「民営化」でやっていこうという(大失敗だった)民主党がやっていた事業仕分けに近く、大阪経済を強くするというのには逆行しているように感じた。

なので反対多数になって正直ホッとした。

今回の住民投票は「改革しないのか」「このまま利権が蔓延っていいのか」という「改革にYesかNoか」の極端な選択肢になってしまったが、これは日本人の「白なのか黒なのか」、「左なのか右なのか」という極端な発想に陥ってしまうという問題点を露呈したと思う。

普通の感覚で「改革」にYesかNoかと聞かれると、ほとんどの人はYesというに決まっている。巨額の赤字を抱えた大阪市・大阪府をどうにかしなくてはいけないというのはみんなが思っていることだ。が、そのソリューションとして大阪都構想しかないのかというと実はそんなことはない、従来の組織形態でも十分対応可能なのだ。が、橋下氏はそのあたりのイメージ誘導がうまく大阪市を解体することにYesかNoかという投票だったのに、前者の「改革」にYesかNoかというイメージでとらえられたのが賛成が多かった理由だと思う。

もっとも反対派の中には本当に「改革しなくていい」と思っている御仁たちも含まれていて、特に自民党大阪府連が共産党や民主党と組んでしまったのには正直がっかりした。あれを見れば誰だってその反対の行動をしたくなる。

ましかし、今回の大阪都構想の住民投票でも見られた日本人の極端な行動様式は危険だなと思う。賛成派から見れば、反対派はまるで大阪のことを考えない現状維持の非大阪民みたいになってしまった。

戦前もエネルギーの補給路を遮断されてにっちもさっちもいかなくなったあげく、国民すべてが「開戦やむなし」の気持ちに振れてしまったのはこの日本人の「白か黒か」の極端な発想の賜物だと思う。反戦思想の人は当時は非国民扱いである。

日本人はポピュリズムに陥りやすく、なんだか危なっかしい。今回の大阪維新の会の動きは、漫画「20世紀少年」に書かれた「”ともだち”とその仲間」にそっくりに見えた。特に梅田のヨドバシカメラの前によく置かれていた宣伝車の大型ディスプレイで何度も表示された「府・市あわせて「ふしあわせ」のビデオ」が漫画にも出てくる洗脳ビデオに見えたのだ。
 
あなおそろし。今後、日本人はこのポピュリズムに陥りやすい気質に十分注意すべきだと思う。
白か黒かだけではなく灰色も赤色も青色もいろいろな色がこの世にはあるということを認識すべきだと思う。
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レーゲンスブルクへの日帰り旅行

ミュンヘン郊外のレーゲンスブルクというところに行ってきた。

レーゲンスブルクはミュンヘンから1時間半ほど北に向かったところにある街。池田理代子の漫画「オルフェウスの窓」の舞台になった修道院がある街です。この日はブラジルサンパウロへ移動しなければならなかったのですが、深夜便で日中は時間が開いていたため、その時間を使って日帰り旅行へ。

事前にドイツ鉄道のサイトで列車の時刻を確認。ミュンヘン中央駅9時44分の電車に乗り、一路レーゲンスブルクへ。切符はバイエルン州の一日チケットというのがあり、2人で28ユーロ。一人14ユーロでレーゲンスブルク往復、並びにミュンヘン空港への片道も行けちゃうというお得なチケット。ちなみに空港ーミュンヘン中央への片道料金は10.8ユーロであります。

【ドイツ鉄道(DB)の時刻表サイト】


レーゲンスブルクに向かう列車の2等席に座っていると、突然小学生の遠足か修学旅行の一行がバタバタと大量に入ってきて、そりゃもう大騒ぎが始まる。ホントマナーもクソもないミュンヘンの小学生、まあ元気でいいけど。私達が座っている席の頭上で大声で会話をし始めるのには参って、1等席に移ることにした。
が、1等席も適当な席がなく、さらに前方に移ると、また車両は2等席に変わったが、ガラガラ。なんのことはない先頭車両だとすいているのだった。ということで落ち着いた雰囲気の2等車両でのんびりと列車は進み始めた。

【車窓の風景】


列車は延々と田園風景の中を進み、ただただノンビリと1時間半。寝過ごすとマズいのだけど、時差ボケも手伝って爆睡状態に。
一体ホントにこの電車はレーゲンスブルクに着くのだろうか?と心配だったけれど、文明の利器iPhoneのgoogleMAPはWi-FiにつながってなくてもGPS機能で現在位置がわかるので便利。安心してよく眠れました。

【レーゲンスブルク駅 到着】


レーゲンスブルク駅に到着。ドイツの鉄道は改札がなく、自由な雰囲気。

【レーゲンスブルク駅】


【レーゲンスブルク駅前の風景】


【駅から大聖堂に向かって少し散歩】

【レーゲンスブルク大聖堂】


レーゲンスブルク大聖堂に徒歩10分位で到着。大聖堂の周りを少し歩いて、まず一杯目のビール!

【大聖堂前の日当たりの良いテラスにて】


【少し街を散歩」


【ドナウ川に掛かる橋】


街を北上し、ドナウ川沿いを少し散歩。橋を渡ってみると…。

【大量の南京錠!】


どこかの街でもこんな風景見ましたが、愛しあう二人が将来に渡って拘束しあう証拠を残したという感じではあります。

ドナウ川からまた街に戻ると、路地にたくさんのお店があり、とてもいい雰囲気。

【レーゲンスブルクの路地裏】

【おしゃれな雑貨屋】


【そして、2杯めのビール、さっきと同じ銘柄】

【店の雰囲気 なんかイイ感じ】


【ドイツと言えばソーセージ バイエルン地方はこの白いソーセージが有名】


【本日3杯目のビール めちゃウマ】


【お店の外観】


そして、またまた街をブラブラ。

【レーゲンスブルクの町並み】








ブラブラと散歩しながら、今回の日帰り旅行の最終目的地「オルフェウスの窓」の舞台になったところであります。
3枚前の写真の入り口から間違えって中に入って怒られちゃいました。

【オルフェウスの窓の舞台 トゥルン・ウント・タクシス城(聖エメラム城)】


そのオルフェウスの窓の舞台を左手に小道を歩いてレーゲンスブルク駅へ


滞在時間3時間の短いレーゲンスブルクの旅でありましたが、天気が最高によく、ビールも美味しく、最高の1日でありました。
ということで、写真でめぐるレーゲンスブルク紀行でありました。

 
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「無駄」が大事なのでは

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各企業では「無駄」をできるかぎり排除し、効率的な経営をめざしているところが多い。

経営学の教科書にはそんなことを書いてある。「コストカット」だ。自社の短期的なことだけを考えればそれが正しいことなのかもしれない。しかし、車のハンドルにも「あそび」があるように、経営の舵取りにも「あそび」が必要なのではと思う。世の中つねに余裕がなければいけない。いつもギリギリでコストカットばかりを考えている会社にどれほどの魅力があるのだろうか?

バブル崩壊以降、なんだか、日本ではとにかく「無駄」を排除することに邁進してきたような気がする。がしかし、そのことでずいぶんと生きにくい世の中になってきているような気がする。

昨日見た番組で北野武さんが「昔はテレビ番組の予算がたっぷりあっていろんなことができた」と話していた。「近年はインターネットが普及してきて、オンデマンドで番組が見れたり、情報の多くがネットから取得できるので、テレビの役割が減ってきたからだ」などと知ったかぶりの評論家はそう言うだろうが、事のそもそもの発端はスポンサーが「無駄」を排除して、お金をあまり出さなくなってきているからだ。スポンサーがお金を出せば昔のようにできるはず。20年前から給料はそれほどあがってないのだからできないことはないのだ。

そういうことは日常でも見かける。先日、京都の下鴨神社に行ったのだが、この世界遺産の下鴨神社は式年遷宮の資金を捻出するため、敷地の一部を高級賃貸マンションとすることが決まった。これも昔だったら近くの企業が寄付金を納めていたのにそういう交際費が捻出出来なくなってきているのではないだろうか。どこの神社の石柱にも氏子さんの名前に混じって銀行や証券会社の支店、大企業の営業所の名前が彫られていたものだが、あの費用を出すことはコストカットで最近は難しくなっているのではないだろうか?

前の会社の徳島支店では阿波おどりの講を支店単位で出していた。ところが人員カットで講を構成できなくなってしまい、現在では全く参加していないようだ。

繁華街でも昔のような接待は見られなくなってきた。夜に接待をしてなんとか営業につなげるスタイルはいいとも思えないが、それでもお金は回り、いろいろな雇用を創出していたはずだ。ところが各企業の交際費が絞られて、今では一握りの金持ちだけの場所になっているように感じる。規模は縮小してしまい、中国人旅行客相手の慣れない商売をしている人たちも増えている。

ひなびた温泉宿に泊まると、昔は社員旅行で使われてたんだろうなあと思える舞台があったりする。5人位でそのだだっ広い大広間で食事をした時には、なんだかすごい侘びしさを感じてしまった。ここで昔は大勢でカラオケをしたり、踊ったりしたんだろうなあというのが目に浮かぶからだ。

考えてみれば昔の会社は無駄なことを結構やっていた。そもそもパソコンもインターネットも携帯電話もない時代、資料は手書き、プレゼンなどというのはなく言葉でのやりとりが多く、思い違いも多かった。海外出張の手配などは旅行業者がいなければ到底出来ず、現地でも地図だけでは不安で相当な準備をしなければ出張できなかった。

車がガス欠で交差点の真ん中で止まってしまっても、部署に連絡するには、ひとりで車を道端に置いて、それから何十分もかけて公衆電話のあるところまで歩いて行かねばならなかった。待ち合わせに遅れることの連絡も一苦労で、遅れないように相当余裕のあるスケジュールを立てていたと思う。

「無駄」だらけだった。そんなことを考えると、今は格段に効率がよくなり、仕事も猛スピードでできるようになったのだが、何か肝心なことが抜け落ちしているような気がしてならない。

余裕がないのだ。

年功序列型から個人評価型に変わってしまい、同僚がライバルとなり、短期的な成果を上げなければ出世レースから乗り遅れ、のんびりしていれば降格される羽目になってしまう。だれもが目先のことだけを考え、長期的な成果を生み出しにくい状況になってしまっている。

ところが日本はモノづくりが主体の国なのだ。工夫に工夫を重ねて改善をし、新しい品質の良い物をつくりあげていく風土があった。サービス面でも顧客のことを第一に徹底した品質とアフターサービスをこころがけていた。ところが目先のことを重視する風潮が高まれば高まるほどクリエイティブな発想はなくなっていき、現状維持にとどまるようになってしまった。

現状維持どころか、昨今の日本はサービス品質は格段に悪くなり、使い捨ての風潮が蔓延し、長く使うものを作らなくなってしまった。工場や現場でいろいろなミスが発生し、ボヤが発生し、社内はどんどんギスギスとしていく。ベテランを敬わず、マニュアルに頼る世代が非常事態に対応できなくなっているからだ。

だからこそ、日本の企業に余裕を取り戻す必要があると思う。

科学者が大きな発見をするのは、たいてい、ぼんやり歩いている時だったり、お風呂に入っている時だったり、寝ている時だったりする。ルーティンワークをこなしている時には大きな発見なく、実は「無駄」な時間にこそクリエイティブなことが生まれたりするのではないだろうか。

一見、現実とはかけはなれた研究をするというのが大切だ。短期的な成果は産まなくても20年先のことを考える研究チームがあってもいいと思う。先日、ホンダジェットが公開されたが、本田宗一郎氏が創業時から考えていた夢がようやく今実現したのだ。

企業には人々の役に立つ「大きな夢」とそれを「やってみよう」という余裕のある態度が必要だと思う。

短期的に「現状より少し「ストレッチ」した目標を立てましょう」などといういかがわしいい個人業績評価制度などは捨ててしまい、元の年功序列型に戻すべきだ。各企業はもっと長期の夢のあるプロジェクトをたくさん作っていくべきだと思う。

一見、「無駄」に見えることの中にもクリエイティビティはある。「無駄」を排除せず、働く人が「わくわく」するような組織、俺が俺がと自分の存在をアピールをするのではなく、チームとして協力しあう組織を作り上げていかなければならないのでないかと思う。

日本は「和」の国。

日本のバックボーンは何なのかということを考えずに、MBA的な発想でコストカットや収益至上主義で経営をしても長くは続かないのだと思う。
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日本車の顔がなくなっている。

車検の時期が来て、9年も乗ったSTEPWGNを買い換えようかどうか迷ったが、結局車検にすることにした。

セダンを買おうと思ったのだが、HONDAには適当なものがなくなっている。セダンはなんと2車種しかない。その一つであるアコードハイブリッドは大きすぎるし前面のデザインが異様だ。で、もう一つこの冬に新しく出たグレイスは大きさは適当なのだが、どうも優等生っぽくて中途半端なのだ。ドイツのアウディA3セダンはグレイスと形も大きさも似てるのだが、ものすごく購入意欲をそそるデザインになっている。今回このA3セダンを買おうかと思ったのだが、日本のGDP向上のためにも外車ではなくやはり日本車を買いたいのだ。

ドイツ車のアウディやBMWやベンツやVWと比べて日本車は何が違うのか考えたところ、決定的な違いとして、ドイツ車にはメーカーそれぞれの顔がはっきりしているということがあげられると思う。正面から見たデザインに統一性がある。いずれもそれぞれのブランドロゴを前面に出してはっきりとこれはアウディ、これはベンツというのがよくわかる。日本でもNISSAN、MAZDAは最近の車種は顔がはっきりしており、北米でも人気車になっている。(スバルは今回のレガシーで少し変えてしまった。)

一方、日本車特に好きだったHONDAのデザインはどんどん悪くなっている。年々大衆迎合になっており、軽やワゴン車にシフトしてしまい、せっかくのHONDAらしさが失われているような気がする。グレイスに至っては前面から見てHONDAかどうかがよくわからないデザインになってしまっている。もちろん見た目よりは室内は広いし、燃費性能も高く、機能的には良いクルマなのかもしれない。が、購入しようとは思えないデザインである。顔がはっきりしないし、全体的には結局全く美しくないデザインだと思う。

ソニーの凋落原因も似たものがあるが、日本メーカーのものはデザインが悪いと思う。アップル製品が人気なのはデザインが優れていたからであり、そこが他を寄せ付けない強さになっていた。時代は個性の時代になっており、優れたデザイン性を保ちながらはっきりとメーカーのブランドとしての顔を出せるデザインを創造していかねばならなくなってきていると思う。

そういう意味ではソニーのVAIOは大変良かったのに分社化してしまった。Xperiaがどこまでデザイン性を出せるかが勝負だが、この領域はSamsungに水を開けられている。大丈夫だろうか?

これからは機能からデザインに変化してきているものづくりを日本がどうリードできるかが大事だ。なので大学教育も工学系統の中にデザインや芸術の領域をもっと含めていかねばならないのではないかと思う。

 
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円安でも今の日本は輸出が増えない。

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現在の為替レートは1ドル120.46円である。異常な安さである。1ドル100円くらいが適正レートだと実感的には感じる。実際、今のレートはあまりに安すぎて、個人的には海外出張をする度に食費がかかりすぎてしまい出張手当を常にオーバーしてしまう状況で個人的にも赤字である。

アベノミクスの狙いとして「円安誘導し輸出を増やそう」という意図があるのだろうが、統計情報を見てみると円安になっても輸出が増えず逆に輸入が増えてGDPを押し下げている。理由の一つが、昔のように原材料を輸入して製品を作って輸出するというような加工貿易になっていないからだ。外国に売るものは国外の現地の工場で作っているケースが多い。特に輸出量の多かった自動車は主力の米国やアジアでは現地生産をしている。なので、日本からの輸出は増えないのだ。

もう一つの理由が、高度経済成長時代のように低付加価値製品の大量生産をしていた時と違い、今の日本は航空機部品の炭素繊維や、スマホ部品など高付加価値製品を作っているため、値段を下げれば売れるというものではなく、一定の輸出が確保された製品を作っている状況のため輸出量が増えないのだ。もちろん、円安なので、従来の価格を維持していれば円建てでの利益は増えるので輸出量は変わらなくても儲け自体は増えているケースが多い。

しかしながら、今のように円安が過ぎると今度は原材料の価格が値上がりするため、逆に価格を上昇させる必要が出てくる。昔のように単純に円安になればGDPが増えるという状況ではないのである。

あと、震災以降電気エネルギーを原子力でなく天然ガスや石油に頼っているため、異常に輸入が増えているため、輸出入のバランスが悪くなって輸入超過状態になっている。

そこに加えて消費税の3%増税により、消費が滞り、全体的に経済的なパフォーマンスが悪くなっているのが日本の今の現状である。

この状態を打破するには、まず円レートを100円前後に戻す必要がある。今のレートはあまりに円安に振れ過ぎであり、輸入に影響を与えている。

あとはデフレの脱却をはかるため意図的に物価を上昇させる必要があると思う。海外に出て感じるのは日本の物価が安すぎるということだ。衣食住全てにおいて割安感があり、本来の適正価格よりも下回っていると感じる。ただ、物価上昇のみが発生すると、今度は更なる消費の減退につながるので賃金上昇と常に同期させる必要がある。そのためにも特に大企業は従来のコストカット重視から脱却し、長期的な利益重視に視点を変更させる必要がある。特に中小企業に対してはこれ以上のコスト削減を依頼するのではなく、むしろ値段を高めに発注するくらいの勢いが必要で、日本全体の賃金アップをはかりながら物価を徐々に上昇させていく必要があると思う。

物価高は結局は資産価値を上げるので、企業の安定化につながる。特に大企業は資産を多く抱えているので資産価値上昇はBSを嵩上げするので利益向上にもつながる。

このように、円レートを1ドル100円に維持しながら、徐々に物価を上昇させるということは大変むずかしいが、「第3の矢」と言葉だけを発するのではなく、具体的に大企業の経営者の意識を変革させていく手法を取る必要がある。

あと、人事制度としての成果主義は撤廃し、賃金のカットや降格など将来の不安を煽るような振る舞いはせず、各人の賃金の安定を経営者が従業員に対して約束し、家や自動車など個人消費を向上させる施策を行うべきだと思うのだ。政府も年金の安定供給を約束する必要がある。給料と年金というこれらの将来への不安が個人消費意欲を減退させているのは間違いない。ここが高度経済成長時代と大きく違うポイントにもなっている。
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2015年 今年の干支は乙未(きのとひつじ、いつび)

今年の干支は乙未(きのと・ひつじ)である。

昨年のブログにも書いたが、甲子から始まる60年のサイクルのうち、昨年は陰陽反転した31年目で、今年が32年目。昨年の予想として下記のように書いた。

「甲午」という文字が表す意味を考えると、前年までに胎動してきた革新への動きが、この年にはその殻を破って大きく出現する年であるが、その変化の動きに反対する勢力も内側から突き上げてくる年になり、その陰の勢力の対処法次第では混乱の幕開けにもなるが、上手くかみあえば、従来にない大変新しい時代のスタートとなる年にもなるということかと思われます。

日本の政治を見れば、2年前の自民党政権誕生から動き出した革新への動きが、昨年は消費税増税による景気の腰折れもあり、反対勢力が足を引っ張る面もあったものの、結局は解散総選挙で与党が大勝となり、予想通り改革続行となった年であった。

が、海外に目を向けるとパラダイムシフトが陰の方向に出現した悲惨な一年で、ロシアによるウクライナ侵攻による国際的秩序の崩壊、過激派集団イスラム国の台頭、北朝鮮内部の血の粛清、アメリカの力の衰退、中国の強引な覇権主義の台頭など、安定政権のドイツと日本を除き混沌とした国際情勢になってきている。

今や海外ともボーダーレスになっており、日本もその国際情勢に飲み込まれるのであるのだが、こんな中、今年「乙未の年」はどのような年になるのだろうか。

まず「乙」「未」それぞれの意味するところを安岡正篤氏の「干支の活学」から引用すると、

「乙」は去年の甲で出した芽が、まだ外界の抵抗が強いために、まっすぐに伸びないで屈折しておる。乙という字は草木の芽が曲がりくねっておる象形文字であります。だから新しい改革創造の歩を進めるけれども、まだまだ外の抵抗力が強い。しかしいかなる抵抗があっても、そんな紆余曲折を経ても、それを進めてゆかねばならぬということであります。

「未」はこれは上の短い一と木から成っておって、一はやはり木の上層部、すなわち枝葉の繁茂を表しておる。ところが枝葉が繁茂すると暗くなるから、未をくらいと読む。未は昧に通ずる。つまり支の「未」は、「暗くしてはいけない、不昧でなければならぬ」ということを我々に教えてくれておるのです。

と書かれている。

これらのことから、今年は改革の流れがまだはっきりとは出現しない上に、旧来の反対勢力である足元が見えていない理想主義者達に翻弄される場面も多いが、未来を信じて日本人みんなが力をあわせて奮闘努力すれば、必ず解決の糸口が見え、発展の兆しが見える年になるのではないかと思います。ただ、海外の混乱は今年も昨年以上に進む可能性が高く、その余波を受けて、日本の進む道に障害が発生する可能性も高いが、謙虚に着実に進むことでそれらの障害を突破でき、そのことにより、日本の国際的地位も更に向上する年になるのではないかと思います。

今年は戦後70年の節目の年であるため、中国との関係がさらに悪化する可能性も高いですが、他国を引きずり降ろそうと過去の悪口ばかりを訴えるような方法ではいずれ誰からも信用されなくなり、日本のように今を誠実に行動していくことが評価されるようになるはず。なので我々も昨年のように中韓を貶めるような言動は慎み、日本人として謙虚に前向きに生きていけばきっと形勢は逆転するものと考えます。

ただ、今後の経済回復には大変な努力が必要で、こればかりは自民党政府に頼っていても埒はあかないものと思われます。政府は外交防衛に力を注ぐのに注力し、我々国民が経済復活の担い手になる必要があるかと思います。消費税増税で腰折れてしまった景気を復活させるには、各企業での賃上げが必要であり、そのためにも個人消費を回復する手段が取られなければならないと思います。バブルの復活とまではいかないまでも、経済は消費のキャッチボールであるので、各個人が消費をし、そのために生産をする、というサイクルを日本国内で循環させなければ日本の成長はないということになります。

また、地方の産業をもう一度復活させるようにお金の配分を行わなければならず、地方銀行の体力を上げ金融面での支援をしていく必要があるかと思います。地場産業の復活による労働人口の分散化、東京一極集中の是正をはからねばならないと思います。自民党政権が地方創生をうたっていますが、地方に入り込んでいかねば今のままのやり方では難しいのではないかと不安を感じます。伝統産業が危機に瀕している面も多々あり、早急に是正が必要だと思います。日本人が過去から脈々と受け継いで来た伝統を我々の代でつぶすことのないよう政策面でも充実させる必要があるのだと思います。

一方、明るいニュースとしては、昨年ぐらいから、日本の製品の性能に対するこだわりが実を結び、造船受注の増加やスマホ部品や航空機部品のMade in Japan率の向上、燃料自動車の開発などなど、徐々に日本が前面に出てくることが増えました。

バブル崩壊後の成果主義、拝金主義で「自分さえ良ければ、自分さえ儲かれば」という風潮が跋扈し、日本が低迷してきましたが、今こそ、パラダイムシフトをはかり、日本人がもともと持っていた「和」のDNAを発揮し、力をあわせて日本全体が成長できる国になれればと思います。

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もう12月30日ですか? 海外出張で明け暮れた一年でした。

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今年はすごい1年だった。海外出張が半端でなく、おかげでJALもANAもダイヤモンドステータスになったけれど、見た目の格好良さとは裏腹に相変わらず英語で苦しんだ一年でもありました。ちょっと出張記録を残しとこうと思います。

【今年の海外出張記録】
2月16日〜28日(13日間) 北米ニュージャージー 打ち合わせ
3月11日〜15日(5日間)  北米ニュージャージー トレーニング
3月16日〜19日(4日間)  ロンドン 打ち合わせ
3月20日〜22日(3日間)  フランクフルト
4月10日〜18日(9日間)  北米ニュージャージー リクルートシステム先行導入
5月18日〜22日(5日間)  フィリピン 会計システム調整
5月31日〜6月8日(9日間) ロンドン トレーニング
6月24日〜7月6日(13日間)北米ニュージャージー 打ち合わせ
7月7日〜7月13日(7日間) 北米ロサンゼルス 全社会議
7月23日〜26日(4日間)  ロンドン 最終調整
7月27日〜8月1日(6日間) ブラジル 打ち合わせ
8月17日〜31日(15日間) 北米ニュージャージー 初回カットオーバー【☆新システム稼働】
10月26日〜29日(4日間) ロンドン【☆新システム稼働】
10月30日〜11月2日(4日間)ブラジル ネットワーク基盤調整
11月9日〜16日(8日間)  東南アジア 打ち合わせ (シンガポール・インド・タイ)
12月4日〜6日(3日間)   シンガポール ネットワーク調整
12月7日〜10日(4日間)  ドイツ デュッセルドルフ、 スペイン マドリード 打ち合わせ
12月11日〜14日(4日間) 北米ニュージャージー 来年度新規システム調整

ということで、合計120日間も海外に行ってたということになります。営業日数が250日と考えると今年は約半分海外に行ってた感じ。自分自身にお疲れ様と言いたいです。「お疲れ様」

それにしても、2年前に構想を開始し、約1年で完成させた「KiDSシステム」を大きなトラブルなくアメリカ、カナダ、メキシコ、イギリス、アイルランドに導入出来たのは感慨深いです。

通常こういう基幹システムの導入時にはいろいろ混乱が発生するのですが、過去の経験から混乱が発生しないように「誰が見ても操作できるシンプルな画面設計」、「従来の画面イメージをなるべく踏襲する」ということを心がけたのが良かったと思っています。稼働当初はやはり問い合わせがあったのですが、その後はすっかり安定し、ノントラブルで稼働中。

来年は毎月のようにどこかの国でカットオーバーするので大変ですが、トラブルなく推進していきたいと思っています。来年の後半はアジアが中心になるので時差ボケは少なくなると同時に、非ネイティブの英語圏なので、ジャパニーズイングリッシュで頑張って行きたいと思っています。

ではでは、みなさまよいお年を。



 
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ベテランを大切にする風潮に戻したい

JUGEMテーマ:ビジネス

バブル崩壊後、日本ではなぜか「成果主義」「実力主義」「個人主義」の風潮が出てきて、ベテランを大切にするという大事なことがおろそかになってきたような気がする。

年功序列、終身雇用という「安心」感のある仕組みを低成長の原因にしてしまい、いまだにそれを廃止する動きになってきている。これは日本にとっては非常によくない傾向だと感じる。

「成果主義」の場合、成果を測る必要があるが、それをどうやって測るというのだろうか? 営業職の場合は数字も出てくるからわかりやすいと思われがちだが、それだって顧客サービスを無視して量だけとってくればいいというものでもない。蒔いた種が成長するには時間もかかるので短期的には成果は計測不可能である。

そもそも、「自社の製品を買ってください」と、聞きたくもないのに強引に自社製品の説明ばかりする営業がいるが、取引先にとって必要なのは、取引先の会社の事業にその製品がどう役に立つのか、なのだ。こちらの事業構造をわかっていない、調べもしてきていないのに「提案があります」というおかしなことを言い出す営業も多い。当然、門前払いである。

営業ですらそうなのだから、工場労働や、人事・経理・総務などの管理系の仕事や、ロングタームのシステム開発の仕事などは評価するのが非常に難しい。

なので、そもそも「成果主義」を導入すること自体が不可能なのである。

話は変わって、「成果主義」の行末として、困ったと感じていることがあるのが、成果の出ない部署はロボットのような対応ですませても平気になってしまうということだ。時間さえ過ぎればいいと思っている社員が増えてくる。

今日も、某大型スーパーのポイントカードの入会窓口で手続きをしようとしたのだが、応対した女の従業員は笑顔の一つもなく、無機質な甲高い声でこちらが聞きたくもないカードの説明を始めるのだ。一瞬ロボットかと思ったが、どうも人間だったようだ。そんな全くこころのこもってない声で意味のない説明をされても全然肚に落ちないどころか、腹が立つだけである。レンタカーの窓口や携帯電話ショップの窓口でも同じような経験があるが、一体どうしてあんな通常では使わないような高速の甲高い声で喋るのだろうか?

先ほどの営業の例でも同じなのだが、「お客様のことを第一に考える」という企業のもっとも重要なことが最近の日本企業には欠落しているような気がする。だから自社製品の押し売りが始まるし、受付の女子はロボットでもよくなるのである。

こんなことでは日本は滅茶苦茶になってしまうのではないかと危惧している。

あと、成果主義導入で最も日本企業の良さがなくなっているのが、「ベテランを大切にする」ということなのではないだろうか?年をとったら昔ほど成果は上げられないかもしれない。それでもベテランは若手より給料をたくさんもらうべきだと僕は思う。

それは、大変な暗黙知を持っているからだ。そして、その暗黙知を形式知化するのもこれまた不可能に近い。

自分のやっているシステム開発の仕事の場合、どのあたりで開発の遅れが生じるのかとか、テストでどんな不備が出てくるのかとか、トラブルが発生した時に、何が原因でどう対処すべきかということは、知らないことでもほとんど勘と経験でわかってしまう。だから僕みたいなベテランを大切にしてねということだが、これを「マニュアルにせよ」と言われても無理なのである。KKD(勘と経験と度胸)などと揶揄されるが、これは実際にホントなのだ。

最近、製造業では「爆発事故」とか「火災」などが起きているが、これもベテランがいれば、事前に危険を回避できたことも多いのではないかと思う。ベテランのノウハウは一朝一夕には身につかない。職人として、長く仕事を続けているマイスターを大事にする国にならなければ、超一流国として存続するのは難しいのではないかと思うのだ。


 
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