今年は面白いトークを心掛けよう

メラビアンの法則では、見た目55%、態度・話し方38%、話の内容7%とのことだが、下手なプレゼンを聞いてるとなるほどなと思う。

自信なさげな態度とかちょっとした仕草が気になってしまう。まだ話の内容が良ければ良いのだが、雲を掴むようなくだらない話の場合だと本当にいたたまれなくなってくる。

僕も最近人前で話す機会が多いのでこういうのは注意しなければいけないなと思った。
気になった点というか、自戒をこめてプレゼンで気をつけるポイントを5点ほどあげてみると…。

1.上体をフラフラさせない。しっかりと姿勢を保つ。(フラフラしてると自信がないように見える。)

2.マイクをトントンと触って音量を確かめたり、腕時計を外したりというような無駄な動作をしない。マイクはしっかり握る。(軽く持ってるとカラオケで歌うかのように見える。)

3.「〜ですよね。」など、口語調の文末を口に出さない。(親しげな口調は深みがなくなる。)

4.具体的な話を自分の言葉で話さないと聴衆に響かない。プレゼンは聴衆へのプレゼント。聴いている人の心に灯を灯すような内容でなければならない。(誰かの話を引用したりする場合、相当その話に精通してないと軽い印象を受ける。)

5.スライドは効果的に使う。文字ばかりのスライドはもってのほかだが、図解資料でも、何を意味しているのかわからない図解では逆効果。

場数を踏まないことにはプレゼンはなかなか上達しないのだけど、少なくとも上記の1,2,3はすぐにでも実践できると思う。

再来週には今年最初のプレゼンの機会があるので、しっかり上体を保持し、変にマイクを気にせず、面白いトークの時間にしたいと思う。聴衆に喜んでもらえるスピーチ。何回も聴きたいと思える話、そういうのを心掛けたいと思う。

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現場力を鍛える

「現場力を鍛える」という本を新人の課題図書にして感想文の提出を命じている。もう発売されて随分経つ本だが、いまだに色褪せない内容だと思っている。

この本の著者である遠藤功氏が今月号の「致知」に本と同じ「現場力を鍛える」という題で寄稿している。

1.現場は「コスト」でなく「バリュー」である。
2.現場力はトップダウンで決まる。
3.業務遂行型ではもう生き残れない
というような内容の話が書かれている。

少し引用してみると

 その昔、日本は「資本主義」ではなく「人本主義」と言われた。企業活動の中心には常に人があり、人の能力を最大限に活かすことが日本経営の大きな特徴であった。だからこそ懸命に社員教育を行ったし、終身雇用を約束した。それに応えるように、現場の社員は会社にコミットし、「自分の会社」として必死に働いたのである。いつ首を切られるかわからないという状況で、使命感や責任感をもって会社にコミットする人が生まれるだろうか。
 人材はコストではなく、バリューである。この原点に戻ることが、現場力を高めるための第一歩である。
 
大企業の集まりに行くと、いつも「コストカット」の話ばかりで気が滅入る。現場をコストと考え、非正規社員を増やし、業務をアウトソースするようなことが一時期流行ったが、そんなやり方はいずれも失敗している。

それはそうだ、会社に集う社員はその会社のビジョンに惹かれ、仕事をしにきたのだ。会社の仕事は非正規社員やアウトソーシング会社に代替可能な仕事ではないのだ。

会社のビジョンを共有し、現場の社員が自ら考え改善していくという流れを作ってきたのが今までの日本企業の特色だ。

「現場力はトップダウンで決まる」という話は、トップがすべてを命令するということではなく、そういう現場社員の改善活動を見守り、信頼するということが必要で「君たちが会社のエンジンなんだぞ」と働きかけ、モチベーションをあげること。「この前のあの改善、良かったな」と褒めること。こういうトップダウンが必要だという主張である。

各企業の経営者はそう行動しているだろうか?現場にたまに行っては激を飛ばすだけのトップが多いが、本当のトップは山本五十六元帥のように、部下を信頼し、ワクワクさせ、成果を一緒になって喜ぶ人なのだと思う。

重要なのは現場が自律的組織として動けるかということだ。

経営側が詳細を決めて現場は業務遂行だけすればいいというのは間違った考え方であり、そんなやり方では現場のモチベーションは下がる一方である。現場には日々色々な課題が生じる。その課題をマニュアル通りやっていても上手くいかない。現場の人たちがどうすれば良いのかは一番良くわかっているのだ。その現場の人たちが継続的に改善を重ね、最適なノウハウを積み上げていくというのが一番良い。それをトップが承認するという形だ。

日本企業は終身雇用、年功賃金の安定した環境の中で、常に現場がどうすれば上手く行くかということを考えて日々改善に取り組んできた。

それがバブル崩壊以降、「成果主義」「個人評価制度」というものが取り入れられて以降、機能しにくくなってきた。部署の評価ではなく個人評価が優先されるようになってきたからだ。会社のため、世の中のためでなく、自分のためという感じに変わってしまった。

だが、僕らは評価されるために仕事をしているのではなかったはずだ。少しでもよい製品やサービスを世の中に提供するために仕事をしていたはずなのだ。

どこでどう間違ったのか知らないが、もうそろそろ間違った成果主義を完全撤廃し、終身雇用で、少なくとも評価によって賃金が減少したりしない安定した環境の中で現場が自ら改善を図っていく、正しい日本企業の経営の姿に戻るべきだと思うのだ。
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達成可能な目標では、現状維持にしかならない

企業の目標の立て方がおかしい。

成果主義では期初に期末の目標を立てるが、達成可能な目標値ではなく「「ストレッチ」した目標を立てよう」というようなことを言う。まあ、ちょっと難しいくらいの目標という意味だろうが、そんなことでは現状のやり方までが変わることがない。

先日銀行時代の目標の立て方についてブログに書いたが(→ありえない目標の立て方)、全く考えられないくらい高い目標を立てないことには発想の転換がはかられないし、ブレークスルーできない。

店の売上がだいたい半期6000万円程度あるような店で、今期は6500万円必達というような目標値があるとして、何か仕事のやり方を大幅に変えるだろうか?変えるはずがない。「頑張ります!」と言ってせいぜい6100万円を達成して、「ああ、まあ前期よりイイな」で終わりそれでもまあ「B評価」が付くのが成果主義である。

銀行時代はこの目標がいきなり「2億円」になるような感じだった。そういう「とてつもない目標」が掲げられた場合はすべてのやり方を変革しなければいけない。なので、従来にない新しい手法として、「PR方法の変更」「無駄な会議や仕事の撤廃」「大口顧客の発掘」「欠品率の縮小」「品揃え強化」「地域の売れ筋商品の把握」などなど次々と仕事を改善していかなければそんな目標は達成できない。その地域の市場が全部で2億円に満たないのであれば、市場を創造するような新しい商品の追加も検討しなければいけない。

という感じで、とてつもない目標を実行しようとすると、ブレークスルーした考え方ができるし、ものすごいスピードでものすごい変革が可能だ。たとえそれで2億円を達成できなくて1億5千万円になったとしても従来の2倍以上である。上出来だ。6500万円を目標にしたのと大違いになる。

銀行時代は一人の担当が半期2億円も預金や融資が積み増すなんてことはなかったのだが、発想の転換で、当時の支店長は駅前に土地を持っている電器店オーナーに商業ビルの建設を促し、15億円の融資をいきなりやってのけた。ビルの賃貸収入でローンを返済できるので、お客さんに追加の資金は必要なく、なおかつ空き地の上にビルが立つので土地の相続税評価額が下がるというメリットまでもが享受できる案件である。お客さんにメリットもあり、地域の活性化も図れるというスゴイ話である。それ以降、信頼が増して次々と億単位の案件をこなしていった。田舎の支店の話である。こんなことは目標が低ければやる必要のない話なのだが、その支店長はとてつもなく高い目標を掲げることで圧倒的な成果をあげることができた。

その支店長に山の上で細々と零細企業を営むおじいさんの家に週に1回は顔を出して挨拶しておけと言われた。新人で何のことかわからなかったが毎回軽自動車で山道を登って話をするようにした。当時何の案件もなく悶々としていたのだが、元々話は得意なので世間話をしに行っていた。で、半年ほどして他にも何の成果もなく落ち込んでいたところにそのおじいさんから電話があり、「おい、山が売れたよ。預金するから来てくれる?7億円なんだけど…」という話だった。スゴイ話である。支店長は知っていたのだろう。一方で自ら案件をこなしながら、一方で部下に成果を分配する。こういうリーダーが変革期には必要だ。それにしても現金で7億円を運ぶなんてすごかったよ。ゴルフ場に売ったお金だったのだ。

新入社員時代にこういう経験があるので、低い目標を立てるということには抵抗がある。ものすごい目標を立ててやり方をガラっと変えるという方が面白いし、やり甲斐がある。先ほど述べたように「PR方法の変更」「無駄な会議や仕事の撤廃」「大口顧客の発掘」「欠品率の縮小」「品揃え強化」「地域の売れ筋商品の把握」とこれだけのことをやるだけでもいくら時間があっても足りないくらいだ。

くだらない「成果主義」などというヘタレなやり方は捨てて、リーダーが滅茶苦茶高い目標を掲げてチームを引きずり回し、信じられないスピードでとてつもない高い目標を達成するということをやってみてはいかがかと思う。

達成可能な目標は現状維持と同義である。そして、現状維持は緩やかな衰退なのだ。
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ありえない目標のたて方

銀行時代の目標管理はすごかった。

何がスゴイかというと、普通の目標の遙か上の目標数値を設定するということだ。イケイケドンドンのバブル時代だとはいえ、前年比3倍というような目標だった。

当時は「予材(予定材料)」ということばで表現していたが、来期の新規融資の目標が一人5億円として、A社3千万円、B社5千万円という感じで具体的にいつ実現するのかという予定を書いていき、それらの案件をクロージングさせるという方法を取っていた。

しかしながら、何もしてないと当然「予材」なんかあるはずがない。動きまわってネタを見つけてこなければいけないが、なかなかそんな資金ニーズなんてあるはずがない。

が、不思議なことに具体的に「予材帳に書く案件を見つけなきゃ」っていつも思っていると、意外に案件が出てくるものである。普通に社長さんたちと世間話だけをしてても見つからないが、「その会社のためになるにはどうしたらいいのか?」っていうことを意識して、「こういう資金が必要なのでは?」といつも考えていることで自然にそういう流れになるのか、案件を紹介してもらったりすることができた。

強烈に具体的に「将来の夢」を意識しているといつの間にか夢が実現するということと似ているが、具体的な目標を立てていると物事は実現していくようだ。「予材帳」はとても簡単なもので会社名と融資金額と予定日時と達成日時を書いてるだけ。手帳に書いておいてもいいようなものだ。それでも具体的に目標を意識するということが大事なんだと思う。

最近ずっと世の中がなんだか元気がないのだが、どこの会社も目標設定が低すぎるのではないかと思うのだ。実現可能と思う遥か上、3倍程度の目標値を掲げ、具体的にどうすればそれが実現できるかという考え方に変えるべきだと思う。当然「そんなの無理だ。」ということになるが、従来の考え方の延長線上では無理でも、発想そのものを変えてしまえば実現できるかもしれないのだ。

橋下大阪市長の「大阪都構想」なんてのも「絶対無理」な話だったんだけれど、具体的に賛同する議員を集め、法律の変更を行なっていく、具体的に大阪都は大阪市と堺市を10区くらいにわけたものとイメージ化し、そこに向かうための世論を形成し、次々と案件を実現することによって、ぜんぜん無理と思われていたものが、今はなんだかいけそうな感じになっている。

発想の転換が必要で、「従来の3倍の数値目標」と「それを実現するための具体的な項目」をあげていくこと、そういう風土が各企業に根付けば、日本も変わっていくのではないかと思う。実現可能な目標ではそのレベル程度までしかいかない。つきぬけることができないのだ。こういうのは「大風呂敷を広げる」と昔から忌み嫌われてきたが、小さな目標も達成できないままでは、このまま日本は衰退してしまう。成果主義の会社だとどうしても実現可能な小さな目標になってしまうが、これからはもっと高い夢のある目標を立てるべきである。

来年は「壬辰(みずのえたつ)」 V字回復に向かって反転していく年である。低い目標で満足するのではなくありえない目標を掲げて頑張っていこうと思う。
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初心忘るべからず

転職して丸8年経った。「初心忘るべからず」というが、過去の日記を見ているとこんなことが書いてあった。

日常の生活の中でついつい初心を忘れてしまうが、時々は初心にかえって、何をするために仕事をしているのかを自問自答しなければと思う。

自分の為でなく社会のために働こう…。

************************* 

2003.11.10 

入社1週間が経過。

先週はずっと研修が入っていて、会社の理念を徹底的に叩き込まれた。
そういえば会社の理念なんて、いままであんまり考えてこなかった。

そういえば16年前、銀行に入ったころには、「中小企業にお金を貸して、日本経済を活性化させたい。」とかなんとか言って入社したような気がする。

それがいつの間にか、お客さんのためでなく、自分の生活のため、会社での出世の為に働いていたような気がする。それは僕だけじゃなく、銀行員みんながそうで、いつのまにかお客さんへの視点、大きく言えば社会に対する貢献なんて全く欠落したまま、会社人生を歩んでいたような気がする。

転職したからよけいにそう感じるのかもしれないが、やはり人生は一回限りだし、会社で自分をより高く買ってもらうために仕事をするのではなく、社会への貢献、劣化した日本を再生するために働くということを目的にして毎日過ごしたいなあと思う。きれいごとかもしれないけれど、きれいごとを目的に日本を変えると信じて行動すれば、徐々に夢が実現するような気がするのだ。

がんばってみよう。。。

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悲観の向こう側に未来はなく、達成を信じて頑張れば向こう側から未来がやって来る。

2009年の夏。政権交代前夜にブログで民主党批判を続けていたが、心配していたことが現実になり、日本は今ますますおかしな感じになってきている。

<政権交代直前の当時のブログ↓>
2009.8.29 政権後退

もちろん私一人がネガティブキャンペーンをやっても誰も反応するはずもなく、政権交代がおこり、予想通り日本は急な下り坂を転げ落ちている。

当時民主党を持ち上げたマスコミは懺悔もなく、何の反省もない。当時某講演会で「マニフェスト」を見てくださいといって民主党を持ち上げてた某有名人は今だにコメンテーターとしてテレビに出ている。「よくやるよ」といいたい。

で、予想通り、「普天間問題の打開策なし」「拉致問題進展なし」「子ども手当廃止」「高速道路無料化断念」「消費税増税」「年金減額」である。民主党がマニフェストに書かれていたことはすべて絵に描いた餅になり、何もやってないどころかものすごく後退している。「埋蔵金」とやらはどこにあったのだろうか?

特に、経済成長に悲観的な「消費税増税」路線には辟易する。
リーダーが将来を悲観して、財源不足のつけを国民に押し付けるとは何事なのだろうか?

デフレ期の増税はデフレスパイラルの加速を促すだけで逆効果である。こういう時期には逆に国のリーダーはもっと将来に夢を持てる政策を語るべきだと思う。

日本の先端技術は世界トップレベルのものが今でもものすごく多い。まだまだ日本は成長するし、今でもGDPは世界3位である。中国など外国に工場を多数持っているので昔の指標であるGNPで計算すれば今だに世界2位なのではないだろうか?

政府は何を悲観しているのかしらないが、消費税を上げた所で消費が増えないことには税収は上がらないのである。まずは消費を増やし経済を活性化することが先だ。

なので、悲観的なことを言うのではなく、戦後池田勇人氏が「所得倍増政策」を言ったように、田中角栄氏が「日本列島改造論」を言ったように、もっと夢のある政策を発するべきだと思う。

これは会社の中でも同じである。企業のトップは常に前向きに「今年はこういう会社にしようではありませんか?」と夢を語るべきだ。悲観的なことを語るとそれが言霊となり、悲観的な結果を生んでしまう。どんな状況でもトップは夢を語らなければいけないのだ。

ジョンコッターの8段階の変革プロセスというのがあり、次のようなプロセスを踏む。
確かに冒頭には「危機意識を高める」というプロセスがあるが、やはり壮大な「夢」「ビジョン」を語らないことには前に進まない。

『ジョン・コッターの8段階変革プロセス』
 1.危機意識を高める
   (危機意識を高め、「何とかせねば」という話し合いが始まるようにする)
 2.変革推進チームをつくる
   (変革を主導できる適切な人材を集める)
 3.適切なビジョンをつくる
   (変革を主導するような心躍るビジョンを掲げる。大胆な戦略を描く)
 4.変革のビジョンを周知徹底する
   (変革によって何を目指すのか、心に響くメッセージを伝える
 5.従業員の自発的な行動を促す
   (ビジョンや戦略に賛同する人たちの障害になっているものを取り除く)
 6.短期的な成果を生む
   (短期的な成果を上げ、悲観論者、懐疑的な人を味方につける)
 7.さらに変革をすすめる
   (変革の波を次々と起こし、変革の勢いを止めない)
 8.変革を根付かせる
   (行動を企業文化に根付かせるようにしていく)

上記の方法がすべて正しいとは言わないが、変革の波を起こしていくには、特に3の「心躍るビジョンを掲げる」という部分と4の「心に響くメッセージを伝える」ということが大事だ。危機意識だけ煽られて、心に響かないことを言われても人は動かない。

現状を打破するのはとても難しい。人は基本的には現状肯定派なのである。その保守的な心を変えていくには、相当以上の「ワクワク感」がなければ無理である。「心が踊る」、「ワクワクする」、「そうすることによって未来に展望が開ける」というような「ビジョン」「戦略」を掲げなければ「改革」はうまくいかない。

橋下大阪市長に人気があるのはそういう「なんか変えてくれそうだ」という期待感が強いからだ。

国も会社ももっと「ワクワクする」「夢が持てる」方向性を打ち出して、どんどんと短期的成果を積み重ねるように努力するべきだと思う。

実現不能な「絵に描いた餅」はもう沢山だ。まずは食べれる餅をついて、実績をあげて、徐々に改良していくという形にしなければならない。

徐々に力がついてくれば、未来が見えてくる。やりもしないで未来を悲観するのではなく、地に足をつけてやっていくことで、少し近い未来が見えてくる。そうなってくるとその先の未来も信じていれば必ず達成するようになってくる。そういった前向きの「正のスパイラル」に方向転換していくのがこれからの僕らの生きる道だ。

悲観の向こう側には未来はなく、達成を信じて頑張れば向こう側から未来がやってくるのである。
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会議のルール

フィンランドの小学生5年生が作ったとネット上に載っている「会議のルール」が良くできている。さすがフィンランドメソッドの国だけのことはある。

1. 他人の発言をさえぎらない
2. 話すときは、だらだらとしゃべらない
3. 話すときに、怒ったり泣いたりしない
4. わからないことがあったら、すぐに質問する
5. 話を聞くときは、話している人の目を見る
6. 話を聞くときは、他のことをしない
7. 最後まで、きちんと話を聞く
8. 議論が台無しになるようなことを言わない
9. どのような意見であっても、間違いと決めつけない
10. 議論が終わったら、議論の内容の話はしない


日本人はそもそも会議が下手だ。このフィンランドの小学生以下の会議が今日もいろんなところで行われていることだろう。国会の議論ですらこの小学生以下だなぁと感じる。

会議のポイントというものがあるとしたら、僕は「事前資料配布をすること」と「出来るだけ短時間に終わる」ということだと思ってる。「立って会議をするべし」という本もあるくらいなので、世の中の人々は皆、会議は早く終わらせたいと思っているようなのだ。

まあしかし、会議にもいろいろ種類があって、それぞれ対処方法が違うような気もする。身近なもので言えば、「進捗会議」的なものもあれば、「何かを決める会議」とか「判定会議」というものがある。あとは議論を出しあう「ブレーンストーミング」というのもある。

「進捗会議」はメンバー数にもよるけど、先程述べた会議のポイントのように資料を事前配布しておけばかなり早く終わることが出来る。日報にコメントが書ける仕組みがあればそこに書くだけで済む場合があり、そもそも会議が不要なのかもしれない。今僕の部署でも情報共有のために週1回チームで集まるということをやっているが、進捗報告そのものは簡潔に済ませて、最近はせっかく全員が集まっているのでシステムの「レビュー会議」を兼ねるようにしている。

次の「何かを決める会議」や「判定会議」だが、これは参加者が相当しっかりしていないとダメだ。おかしな意見があったときに「それはダメだ」と言える人がメンバーの中にいないと変な決定がなされてしまうおそれがあるからだ。今の政府の会議なんかはそういう感じだ。事前に担当者がしっかりと議論せぬままに上層部だけで(思いつきで)決定してしまうと、事務に落とせないどうしようもない決定だけが独り歩きしてしまう。結局、実行不可能な決定はなされぬまま、ずるずると時間だけが過ぎてしまう。かくして震災処理はいまだに進まないままだ。

「三人寄れば文殊の知恵」と言うが、知恵のない人が何人集まっても良いアイデアは浮かばない。そういう意味では「何かを決定する会議」や「判定会議」には必ず決定を下せる「キーマン」が必要だと思う。それが会社だと役職者がその役割なんだろう。役職がついている人は毅然と決定に責任を持つということが大事だ。責任が持てない方向に行ったら、それはこうだ。と言い切る必要があると思う。が、言い切る際には独りよがりの意見ではダメで、誰が考えてもそっちが正しいという意見に収束させる必要がある。一部の人が得をするような決定は絶対にしてはいけない。そのあたりのバランス感覚を役職者登用時に見極める必要があるのではないかと思う。

最後に「ブレーンストーミング」という会議形式だが、これはフィンランドの小学生たちが決めた会議ルールが適用される会議だと思う。人の意見に批判をせずに次々と意見を言い合うというもの。

ブレーンストーミングではいろいろな意見をどんどん出すという形で良いのだが、「何かを決定する」っていう際には、みんなの意見を効き過ぎると全く決まらなくなってしまう。時には他人の意見を遮り、ダメ出しをする必要がある。

つまり、会議はその性格によって対応方法を変えていかなければいけないものだということだ。ただ、どの会議においても、基本的な姿勢、ルールとしてはやっぱりこの「会議10か条」は有効なのかもと思う。
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的外れな営業をする人

的外れな営業をする人が一向に減らない。

何度かこのブログでも書いたが、営業に一番大切なのは、「相手の立場に立った提案をする」ってことだ。相手の会社がどんな会社なのかということも勉強せずに、全然関係ない商品を売りつけるってのはどういう了見なのだろうか?

それは、作品を一つも読んでないのに、その作家の担当者をするのと同じことだ。そんな出版社社員はいない。(と思う。)

特に若い人は成果主義のせいなのか、自社製品を売って成績をあげることばかり考えて、全くこちらのニーズを知ろうとしないし、こちらが何を望んでいるのかについても興味がないようだ。しかし「押し売りからものを買う人はいない」のだ。これはよく理解しておいた方が良い。

営業の基本はまず第一に「顧客との信頼関係」だと思う。仕事の話抜きに信用してもらえるかどうかだ。だから昔は接待とかで信頼関係を構築してきた。最近はそういう予算が減っているので難しいのかもしれないが、少なくともはじめて客先に行く時には仕事の話はせずに面白い話の一つでもやって場を和ませた上で、相手を褒めることが大事だ。

まあ、今は先輩からしてそういうのができてないので、なかなか技を伝授させてもらえないだろうが、僕的には、会ってはじめていきなり仕事の話を切り出すなどという野暮がなぜ出来るのかが不思議で仕方ない。古い奴だと言われればそれまでだが、野暮は野暮だ。日本は古来から信頼関係で全てをやって来た社会だった。信頼関係の成り立たない相手と交渉などしないというのが鉄則だったが、昨今は政治の世界でもそうだが、何の信頼関係もない相手とくだらない交渉をするようになってきた。

聖徳太子の時代から交渉ごとでは信頼関係が大切だった。

ところが、ここ最近はコスト削減の極みなのか、あろうことか「電話営業」なるものですまそうとする企業も増えてきた。従来は担当営業が来ていたのにここ最近はご無沙汰しているな〜と思ったら、電話でいきなりお話させて下さいとのことだ。小さな会社じゃないよ。超大手外資系企業なのだ。

先日は電話をかけてきながら、「御社はどういう業種ですか?」などと平気で聞いてくる。(会社名だけでもわかりそうなものなんだけどね…)どこの国の人なのか知らないが、いくらなんでもそれはないだろうと思った。相手の会社のことを全く調べもせずに電話をかけてくるとは何事なのだろうか?元々担当営業がいた会社だよ?ホントに信じられない…。もう、そういう会社は日本に在籍している意義がないと思う。早くどっか違う国に行って欲しい(というか他国にもあるけど…)今のところ電話で済ますのは2社だが、絶対にこの2社とは付き合わないことに決めている。もう滅茶苦茶な世界だ。

こういう会社があるので、冒頭に書いた的外れの営業でもまだかなりマシかと思ってしまう。営業のレベルも地に落ちたものだ。

しかしながら、これを逆手に取れば、すごく業績が伸びる会社を作ることが可能なような気がしてきた。

常に相手の会社のことを考えて提案営業を行えば良いのだ。自分のことは考慮せず、ひたすら相手の会社の成長のために何ができるかを一生懸命考える営業。そういうスタイルを築けば一発で営業成績があがるはず。(もちろんそれに見合う商品がなければいけないけど…)

そんなことを考えれば、まだまだ世の中捨てたもんじゃない。

ということで、最近は会社に来る営業担当者にそういう話をして、うちだけでなく他社の方にも気に入ってもらえるように応援することにしている。

日本企業が救えるのは、外資系の一部企業のように電話営業で済ますようなことはせずに必ず会って話をするってことだ。地道にコツコツと信頼関係を築き、その企業にフィットする良い商品を総合的に提案することができれば、徐々に日本全体が潤ってくるのではないかと思う。

MBA的効率主義では日本ではやっていけないし、最終的には世界でもやっていけない。信頼関係を構築するのはとても大変だが、信頼を失うのは一瞬である。傲慢な営業しかしない企業はいずれ淘汰される。

誠実に一生懸命やる人が救われる時代がもうすぐそこに来ているような気がする。

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