今年はジョギングをするのだ

もうお正月も3日目。

今日から健康のためにジョギングをすることにした。3年くらい前からよくウォーキングしているのだが一向に体重は減らず、効果も今ひとつなので、少しステップアップさせて歩くのではなく走ってみることにした。

が、いきなり家からちょっと走っただけで息切れがする。ものの300メートルも走れない。身体が重すぎるのだ。

高校時代は長距離が結構得意だったのでそのイメージで走ろうとするのだが、頭と身体のイメージにギャップがありすぎで、たった300メートルしか走ってないのに、5000メートルくらい走った感じがするのだ。あかんこんなことでは…。

と、気を取り直して、しばらくするとなんだか足が急に軽くなってきた。あ、意外にいけるかもと思い、更に走るとペースがつかめるようになってきた。ま、かなりゆっくりなペースでしかも時々歩きながらなんだけれど意外に走れるようになってくる。

これはイイや、ということで、少し前までお世話になったボーイスカウトの本拠地である百舌鳥八幡宮まで走ってきた。

3日連続の初詣である。3日目でもまだ店がでていて、ちょっとした賑わいになっていた。
百舌鳥八幡宮遠景
百舌鳥八幡宮遠景 posted by (C)midwave

近づくと、こういう感じ↓ 鳥居の向こうに大きな楠の木が見える。
百舌鳥八幡宮
百舌鳥八幡宮 posted by (C)midwave

この大きな楠は樹齢が800年程度とのこと。鎌倉時代からこの地に植わっているということでとても歴史を感じる。これだけの木が育つということはパワースポットということでもあるのではないかと思い、パワーを十二分に浴びてきた。いいことありますように〜(^^)
百舌鳥八幡宮の大楠
百舌鳥八幡宮の大楠 posted by (C)midwave

それにしても、今、写真を見なおしてみてもものすごい大きさである。相当バックしたのだけれど全景がカメラに入らない。ものすごい大きさである。

と、なんだかんだで、ジョギングの足が止まったので、また走りだす。快調なジョギングである。で、しばらくするといつもウォーキングで見かける「いたすけ古墳」とは違う古墳が目に止まった。

近づくと結構でかい。履中天皇陵とか仁徳天皇陵のようには整備されていないが、これはこれで趣がある。iPhoneのマップで調べると「御廟山古墳」…。あ、これがあの「御廟山古墳」なのか、近所にありながら知らなかった古墳である。調べると全長186メートルで日本で46番目の大きさである。堀の周りが周遊路になっていて散歩に向いている感じだ。
御廟山古墳

ということで、走っては時々歩き、走っては立ち止まって写真を撮るというような感じで、スポーツをしているという感じではないのだけれど、家の近所はこんな感じで観光地のようでもあるので、これからは休日には少しずつ距離を延ばしてジョギングすることにしていこうと思う。

いや〜、充実した正月3が日であります。
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高校卒業以来もう30年近く続く初詣プチ同窓会

毎年1月2日の午後2時集合で、高校のブラスバンド同期メンバ−で母校岸和田高校の隣の岸城神社に初詣に行って、その後近所の喫茶店で2,3時間しゃべっている。夜はそのまま続けて飲みに行くという感じ。

高校卒業からずっとなので、もうかれこれ30年近い。よくまあ飽きずに続くものだと思う。

お参りしている岸城神社は岸和田祭りのだんじりが宮入りする神社として有名で、最近改修されたばかりのなかなか立派な神社であります。

(鳥居はこんな感じ↓)

(本殿はこんな感じ↓(綺麗になってる!))

僕らが高校生の頃は今ほど「岸和田だんじり祭り」は有名ではなく、観客席もなく、高校のグランドの壁をよじ登って、見物したりしていた。

最近はNHKの朝のテレビ小説「カーネーション」で岸和田が有名になっており、地元の人は喜んでおります。なお、このカーネーションの主人公のモデル小篠綾子さんの娘さんで有名なファッションデザイナーのコシノジュンコ、コシノヒロコ姉妹は岸和田高校のOBでもあります。

この神社に隣接して高校があり、道を挟んで目の前が岸和田城であります。最近はテレビの影響もあり、ちょっとした観光地となっています。

(岸城神社から見た岸和田城↓)

高校の校舎はU字型になっていて、各学年の6組〜9組がこの岸和田城を窓から間近に見れる状態になっていて(そのせいで勉強がおろそかになるということで)そのクラスの生徒は浪人するというジンクスがありました。(が、僕は3年の時、お城が全く見えない3年2組でしたが浪人しました…。関係無いですな。)

高校はかなり自由な校風で、近所にある「レストラン岸城」とかお城の向こうの二の丸公園の売店に昼ごはんを食べに行ったりしてもOKだった(よくレストランで先生にあって、午後の授業が始まってる時間に、「おい、もう授業やで」って怒られたりした(が、本気で怒ってない))し、授業時間に教室にいる筈の生徒がこの岸和田城から手を振ってたりして、なんだか無茶苦茶だった記憶がある。2時間目と3時間目の間に食堂にパンを買いに行ったり、授業を抜け出すのはよくあって、当時の通知表を見ると遅刻・早退・欠席がないのに休んでいる教科があったりする。一体何をしていたんだろうと思う。

それにしても今思えば本当に楽しい高校生活だった。年をとってくるとどんどん高校生活が美化されてくるのでそういう印象になるのかもしれないが、実際自由に伸び伸びやっていたと思う。

1年生の終わりには夜間ハイクを企画して、夜12時から夜通し難波から岸和田まで歩くというのを企画したが、面白がってなんとクラス全員(隣のクラスも数名)が参加した。

卒業式なんかも自分たちで自由にアレンジすることができて、入場曲はロッド・スチュワートの「Sailing」、卒業の歌がユーミンの「卒業写真」、退場曲が「愛と青春の旅立ち」のUp Where We Belongだった。

クラブ活動も面白くて、ブラスバンドの演奏会の打ち上げと言っては、先生の家に泊りに行ったりした。男女混合のバンドなので、当然男女混合で雑魚寝である、それ以外にもメンバーでキャンプやハイキングに行ったりして面白かった。ああ、どんどん思い出してくる…。そういうメンバーなので今も毎年集まるのかも知れないな…。

今、こう書きながら、当時の高校の先生方ってものすごく大らかで、僕らを信用していたなあと思う。

今の高校生ってどうなんだろう?

聞くところによると、最近の高校生は小ぢんまりとまとまっていてあまり逸脱しないとの事なのだが、それでいいのだろうか?って思ってしまう。

同調圧力が強く、他人と同じ事をやっていないと不安になる若者が多いらしい。しかし、自分を押し殺して他人に合わせることばかりでは、ストレスがたまるばかりで、自分を発揮できなくなる。

青春時代に青春を謳歌しなければ、悔いが残るばかりだ。自由にやりたいことをやるのが若者の特権。若い人達は「破天荒」で良いので、人に迷惑をかけない範囲で思う存分やりたいことをやるべきだと思うんだよね。(年をとってもおんなじ感じだけど…。)
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土日はウォーキング&古代史探訪

土日に近所をウォーキングすることにしている。

いつも歩くコースは自宅を出て「履中天皇陵」〜「大仙公園」〜「仁徳天皇陵」〜「いたすけ古墳」という古代史満喫コース。

このあたりは「百舌鳥古墳群」とよばれており、藤井寺や羽曳野の「古市古墳群」とあわせて現在世界遺産の登録を目指している(現在国内暫定リスト入り)。まあ、ちょっとした観光地のはずなんだけど、今のところそんな雰囲気は残念ながら全くない。しかしながら散歩をするにはすごく気持ちのよいところだ。

今日も夕方に履中天皇陵の近くを歩いたのだが、下の写真のように少し紅葉してたりして、かなり良い感じだ。
履中天皇陵1
履中天皇陵1 posted by (C)midwave

違うアングルから撮った写真はこんな感じ↓で、堀に映る古墳がまたなんとも綺麗だ。
履中天皇陵2
履中天皇陵2 posted by (C)midwave

iPhoneで撮ってこの美しさ。実物はもっと感動的なのであります。

少し歩くと、「大仙公園」という大きな公園があり、天気の良い時には子どもと遊びに来たりするのだけれど、広大な広場があり、普段は、フリスビーやバトミントンをしている家族連れがよく来ている。

一年前に撮った写真がこちら↓
大仙公園冬の景色
大仙公園冬の景色 posted by (C)midwave

今日歩いていると銀杏の並木道がとても綺麗に色づいていた。↓
<大仙公園の銀杏並木>

さらに歩くと大仙公園の中にある、小さな古墳「孫太夫山古墳」の周りに柵が巡らされていた。一体何事かと思って近づいてみると「発掘調査中」の張り紙が。この古墳は仁徳天皇陵の「陪塚」という位置づけで人が埋葬されているのではなく、仁徳天皇陵の宝飾品とかが埋葬されているのではないかと言われているものだ。発掘結果を聞いてみたいなと思う。

大仙公園を抜けると仁徳天皇陵。(今日は写真を撮り忘れ…。)

最近の中高生の教科書には仁徳天皇陵とは書かれておらず、「大仙古墳」または「大山古墳」と書かれている。実際、仁徳天皇の子供である履中天皇の古墳の方が古い(5世紀前半。仁徳陵は5世紀中頃)ということもあり、大仙古墳は本当に仁徳天皇のものなのかは不明なのだけれど、地元の僕らは「仁徳天皇陵」と昔から言っているので今更変更になってもちょっと困ったりする。

このあたりは古代史の醍醐味なのだが、今、手元にある「百舌鳥・古市古墳群を世界文化遺産に」というパンフレットにもデカデカと「仁徳天皇陵古墳」と書かれている。名称というのはとても大切なので、教科書も「仁徳天皇陵」で統一していただきたいと思う。

その仁徳天皇陵から家に戻るときに今度はその2つの天皇陵よりは小さいものの、それでも長さ146メートルもある「いたすけ古墳」というのがある。お堀もしっかりとあり、ひょっとしたら天皇陵かもしれないものだ。この古墳には狸の一家が住んでおり、ときどき姿を見ることができるとのことだ。
<いたすけ古墳>

これ以外にもニサンザイ古墳、御廟山古墳など大小47の古墳がこのあたりにはある。古墳時代には100墓以上あったとのことだ。古市古墳群も120墓以上あったらしいが、現在は44墓とのこと。とにかくこの「百舌鳥・古市古墳群」は一般的にはあまり知られていないのだけど、古代史ファンにとってはすごい地域なのではないかと思う。

「ヤマト」成立前夜の古墳時代。卑弥呼以降の謎の時代の土地に住んでいるということもあって、ここ最近、古代史にとても興味が出てきた。郷土史家とまではいかないけれど、ライフワークの一つとして、少しずつ古代史を勉強しようかなと考えております。

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京都紅葉狩りミニツアー

金曜日の午後半休をとって、某研究会のメンバーと京都に紅葉狩り散策ミニツアーに出かけた。京都駅伊勢丹10Fにある「ザ・キッチン・サルヴァトーレ・クオモ」に1時半に集合し、まずは腹ごしらえのランチを。

10Fから見渡す景色はとてもよく、目の前の京都タワーはこんな感じで見える。夜は夜景が綺麗なんだろうな…。
京都タワー
京都タワー posted by (C)midwave

ちなみに、この店に入る前に駅の屋上まであがってみましたが、京都駅の上はこんな感じで、昨日みたいに天気の良い日にはぼんやりと読書したりするのに良い感じでした。

さてさて、お料理ですが、このお店の一番のウリの「世界No.1評価」のピザを食べてみました。トマトたっぷりでチーズとほどよくマッチしていて、それでいて味がさっぱりしているおいしいピザ「D.O.C.(ドック)」をいただきました。
このピザとは別にビュッフェスタイルでサラダとか惣菜とかスープとかを自由にチョイスできるので、もうとにかくお腹がいっぱいでした。もちろんデザートもついていて、昼から超ハイカロリーでした。

腹ごしらえが済んだので、今度は消化を促すため、いざ散策へ。

まずは地下鉄で蹴上まで移動。南禅寺経由で永観堂まで歩くというコース。
蹴上から南禅寺に向かう小道の脇はかなり紅葉が進んでおり、今が見頃という感じ。

境内もかなり紅葉が進んでいるものの、まだ緑の木もちらほら。
それにしても平日なのにかなりの人が歩いていました。

南禅寺を通り過ぎ、今回の目的の永観堂へ向かう。

永観堂はもっと人が多く。駐車場は観光バスでごったがえしていて大変でした。あとで知りましたが、京都の紅葉といえば「永観堂」っていうくらい有名なところなんですね。

紅葉は見頃ではありますが、真っ赤な紅葉が落ちている状態も美しいようなのであと10日後くらいに来ても面白いのではないかと思います。

現在永観堂寺宝展をやっており、ご本尊の「みかえり阿弥陀如来」を見ることができるし、阿弥陀如来来迎図や千手観音二十八部衆像などの重要文化財の実物を間近にみることができた。

阿弥陀堂は5年がかりの彩色修復が終わったそうで極彩色になっていました。また、お坊さんの法話もあり、なかなか永観堂よかったです。
あと、境内の中の池の周りはホントに美しく、こんな感じ。

もう少し接近して撮影するとこんな感じ↓(Instagram連携の写真です)

境内の少し先には茶店があり、ここも良い感じの紅葉です。


大満足の「永観堂」を後に、ねねの道とよばれる「高台寺」の方面に向かっていたが、あたりがすっかり暗くなってきたので、知恩院の門のライトアップを見に行こうということで、そのままかなりの距離をてくてく移動。知恩院の門につくと、はるか遠くに「華頂山」と書かれた門が燦然と輝いておりました。

今年は「法然上人800年大遠忌」(50年、100年ごとに行われるらしい)の法要のためすごいイベントになっており、写真では確認できないですが、夜間ライトアップを見るためにこの門の右側に信じられないくらいの長蛇の列がずずずーーと続いておりました。

なんだか全然景気が悪化しているようには見えない日本。むしろめっちゃ景気がいいのではないかとこうやって観光地に来ると肌で感じられます。


ということで、すっかり夜になったので散策も終了。午後3時半からのミニツアーは万歩計で見ると合計1万1千歩でした。まあまあですね。

それにしても昼に食べ過ぎたので、とてもじゃないが夜は無理!って思ってたのですが、ご覧のようなおぼろ豆腐の湯豆腐など豆腐料理のコースということで、意外や意外お腹にいくらでも入るし、美味しくいただけました。生麩入のこの湯豆腐の他、各種豆腐料理をいただき、デザートも豆乳ジェラートと豆腐づくしのお店「豆水楼」祇園店。あ〜美味しかった。

もちろん、この旅はこれで終わるはずもなく、2次会、3次会と宴は続き、京の夜は更けゆくのでありました。(大阪の調子で飲んじゃったよ。。)
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高山陣屋の真向兎 〜日本の伝統デザイン〜

昨日、飛騨高山の旅行記を書いたが、その高山陣屋で見つけた可愛い兎のデザインの釘かくしが気になり、ちょっと調べてみた。

その釘かくしはこんなもの↓ 陣屋の柱のあちこちにこの鋲が打たれていました。 

高山陣屋の真向兎
高山陣屋の真向兎 posted by (C)midwave

調べてみると「真向兎(まっこううさぎ、まむきうさぎ)」と言われるもので、家紋にもこの真向兎が使われていました。→(家紋のサイト)

家紋のデザインよりもかなり耳が長く、「民の意見をしっかりと聞く」ということをあらわしていると各種サイトには載っていましたが、そういうことなのかも知れません。それにしても可愛いですねこのデザイン。

あと、陣屋を入ったところには「青海波(せいがいは)」と言われる紋様が壁紙につかわれており、生花と非常にマッチしていました。

高山陣屋の青海波
高山陣屋の青海波 posted by (C)midwave

この紋様は連続的な青い波をシンプルなデザインで表現しているわけですが、写真の左下にこう書かれています。「This special pattern is symbolic of the Tokugawa government」なぜか日本語の説明がないのですが、徳川幕府のシンボルデザインってホントでしょうか?

ま、それにしても、「真向兎」などの家紋デザインやこの「青海波」など、日本のデザイン技術ってスゴイなと思います。「青海波」についてはこの前「日経デザイン」にも「21世紀に通用する日本の伝統工芸」というテーマで特集されていました。

まだまだ日本にも生きる道があるということです。政府も大企業も内部でつまらない足の引っ張り合いをやっている場合ではありません。
  
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奥飛騨慕情

めちゃ久々の更新…。
先週末に奥飛騨温泉へ某研究会関連の方々17名で「大人の遠足」に行って参りました。

朝8時新大阪発のバスでいざ、奥飛騨へ。このバス往復で8千円程度と格安。時間はかかるけれどバス旅行もなかなか良いものです。
「あゝ…奥飛騨に雨がふる」の歌詞通り、雨がざあざあ降っていた奥飛騨路でしたが、2時についたときには雨も止み、少し紅葉した山並みを見ることができました。

奥飛騨ひらゆの森1
奥飛騨ひらゆの森1 posted by (C)midwave

奥飛騨温泉郷の「ひらゆの森」というところが宿泊地。晴れていたら穂高ロープウェイに乗ろうと思っていたのですが、雨上がりということもあり、そのままダラダラと宿の中へ。

宿泊のロッジに落ち着いたあと、もういきなり3時過ぎから露天風呂へ。この集まり露天風呂研究会(ロテ研)なので、とにかく露天風呂なのであります。露天に6箇所ほどの風呂があるなかなか大きな露天風呂でした。源泉は65度もあり、気持ちよかったです。手前の風呂は強烈に熱かったですが、ずーっと入っている人もいました。私はまだ若いのか熱すぎて1分も入れませんでした。

ロッジは通常のログハウスという雰囲気ではなくて、さすがに超和風デザイン。お賽銭あげたくなるような佇まいでしたが、中はなかなか新しく、床暖房つき、ウォシュレットトイレつき、かつ専用の内風呂付きでめちゃよいところでした。

奥飛騨ひらゆの森3
奥飛騨ひらゆの森3 posted by (C)midwave

飛騨牛のステーキ定食を食べたあとは、このロッジで深夜まで大宴会。一人1本以上持参してきた酒や焼酎やワインが全部無くなったので(それ以外にもビール数十本)、一体どれだけ飲んだのかという感じですが…、へべれけになったまま深夜、小雨降る中、もっかい露天風呂へ。

これが不思議なことに、酔いがすっと覚めるので、朝の目覚めもスキっと、気持よかったです。

翌朝、スキっとしたのはよいのだけれど、事件があり、2階の布団をあげようとしたところ、なぜか愛用のiPhoneが布団の上にあり、ものすごい勢いで1階へ吹っ飛んでしまったのでした。布団ではなくiPhoneが吹っ飛んだということで洒落にならない話ですが、落下した先でガラスが外れてしまい、反応しなくなってしまいました。(表示はするが入力ができない状態…)トホホ。

ま、そういう事件があったものの、気を取り直して、飛騨高山へ。朝の奥飛騨はものすごい雨だったのに、1時間ばかしバスに揺られて到着した高山は暑いくらいの快晴で、ま、日頃の行いの良さが出てきたかなという感じ。

高山といえば「陣屋」ということでまずは陣屋見学。到着するとまだ「朝市」が行われており、陣屋前はかなりの人が往来していました。

「陣屋」は今で言うと税務署と裁判所があわさったところという感じでしょうか。働いていた人が20人程度ということなので、今の行政よりも効率的だったような気もします。

飛騨高山陣屋1
飛騨高山陣屋1 posted by (C)midwave

中は、結構広く、当時の様子が再現されていました。台所が広く、女中さんが働いていたってことは、ああここは「社員食堂なのかも」と思いながら、なんとなくノンビリした江戸時代を思い浮かべてしまいました。

中庭の紅葉も美しく、「現代の働き方ってなんなんだろう?」と改めて考えてしまいました。やっぱり仕事は仲間と楽しくやって、一緒に御飯を食べ、花鳥風月を愛でるべきだなあなんてことを思ったりしたのであります。

飛騨高山陣屋2
飛騨高山陣屋2 posted by (C)midwave

この陣屋、幕末の「江戸城無血開城」の立役者「山岡鉄舟」が幼少の頃住んでいたとの解説が書かれておりびっくり。山岡鉄舟のお父さんがこの「陣屋」のトップだったんですね。

陣屋を後にして、いざ古い町並み見物へ。ここは酒蔵が多いと聞いていたのですが、なるほど酒蔵ばかり。。。すべての酒蔵で利き酒をやっており、いやはや真昼間から飲み過ぎでありました。

飛騨高山古い町並
飛騨高山古い町並 posted by (C)midwave

2時間ばかり、うろうろと街並みを散歩し、そばを食べたりして、小京都「高山」を堪能。

帰りしなに、なんか大きな木が見えたので寄ってみたのが「国分寺」。古い町並みから外れ、JR高山駅に近い場所にありました。

ここ飛騨高山国分寺の境内にある「大銀杏」は樹齢1250年とのこと。一本の木でこんなデカイんです。「おお、ここはパワースポットだよ。」ということでおもいっきり霊気を浴びてきました。


ま、それにしても、露天風呂につかり、お酒を飲み、美味しい料理を食べ、気の合う仲間としゃべる。ホントに日頃のストレスも完全に解消し、元気になって大阪に戻って来ました。

大阪に戻ってくると現実に引き戻されるのではあるのですが。。。

以上、奥飛騨旅行日記でした。
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3年前の分科会の合宿BBQ

3年前のアシストソリューション研究会のメンバ9名で、先週21日、22日と和歌山に合宿に行った。 

この研究会では「情報共有」について1年間研究をし、研究発表の際に架空の企業を例にとったのだが、その架空会社がそのままリアルになって毎年のように社員旅行を続けている。

過去、京都北部の久美浜にカニ旅行、徳島にラフティング&うだつの町探訪と訪れ、今年はメンバの知り合いが共同保有している別荘で夜通し飲もうという企画。毎年すごいな。社員旅行だけでなく忘年会など飲み会も頻繁に行っており、実際の会社より面白いくらいなのだ。

これはもうなんというか、企業のあるべき姿なんだと思う。集まってワイワイ仕事をするってのがカンパニーなのだ。有給休暇の取得がどうのこうの、残業時間がどうたらこうたらと言いだしたらもう終わりなのだ。それはもうカンパニーじゃない。会社はおもしろがってなんぼだと思う。

ということで、海南にある「和歌山マリーナシティ」の中にある「黒潮温泉」でまずは入浴。別荘の風呂が壊れているとのことで、先に一風呂浴びてあとは延々食べ続けるプラン。
和歌山マリーナシティ
和歌山マリーナシティ posted by (C)midwave

和歌山マリーナシティはきれいなところで、ヨットハーバーの横に遊園地や黒潮市場などのリゾート施設が並ぶ。写真のマンション群はリゾートマンションでヨットやサーフィンをする人には理想的な場所だ。

会社で偉くなったら、こういう遊びができるんだよな〜ってずっと思っていたが、全くそういう状態にいまだになれない。ま、今回は一応別荘に泊まるので似たことができてると思っておこう…。

で、このあと、ミカン山の間の細い道を山頂付近まで登っていく。ものすごい狭い道だったが運転手でないのでとても楽。ついたところがこんな感じ。先ほどのマリーナシティを眼下に見下ろす絶景。いいところです。↓
別荘より海南の海を見下ろす
別荘より海南の海を見下ろす posted by (C)midwave

バンガロー風の建物のベランダでバーベキューの準備をはじめる。焼き鳥を大量に作ったのだが、もう年も年なのでそれだけで腹一杯。2キロ以上の牛肉は結局焼かずじまい。それでも楽しい夜だった。バーベキューの後は桜のチップでチーズとソーセージのスモークを作る。真っ暗なベランダでチリチリとスモークするのは面白かった。
別荘BBQ
別荘BBQ posted by (C)midwave

翌日は湯浅醤油の「角長」にある醤油資料館を見学、駅前のかどや食堂でその湯浅醤油を使った「しらす丼」を堪能。めちゃおいしかったです。
しらす丼
しらす丼 posted by (C)midwave

本業の会社でもこういう企画しないとネ。
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広島で考えたこと

5月18日にアシストの広島平和サロンで講演をする機会があった。その講演の始まる1時間前に到着して平和記念公園を散策した。

中学校の修学旅行以来の広島で路面電車の行き先がよくわからなかったが、とりあえず時間がないので飛び乗り、電車の中で行き先を確認した。ICOCAが使えてとても便利だった。で、紙屋町東から歩けそうだったので下車し、原爆ドームまで歩いて行った。
 
原爆ドーム1
原爆ドーム1 posted by (C)midwave

駅で案内図をもらったあと、地下から地上に昇りちょっと歩くといきなり「原爆ドーム」についた。すごい「ち…小さい」と思った。中学校の時に見たドームと同じはずなのだが思ったよりちょっと小振りなイメージだった。最近のビルが超高層なので、そう思ったのだろうか?

川沿いの道まで出て撮ったのがこの写真↓修学旅行生がガイドの人から説明を聞いている。ちょっと聞こえなかったけど、僕らが中学生の頃もこんな感じで聞いてたなあと思いだす。
原爆ドーム3

橋を渡って平和記念公園に着くが、どこもかしこも修学旅行生だらけ。特に「原爆の子の像」のところはなんか式典みたいなことになっていて、近づくことさえできない。修学旅行生の代表が「二度と戦争は起こしません」というようなことを決意表明しているのだと思う。

慰霊碑のところも修学旅行生だらけで近寄れなかったが、団体と団体が切れた瞬間にこちらの写真を撮影↓
平和記念公園1
平和記念公園1 posted by (C)midwave

この慰霊碑には「過ちは繰り返しませぬから」とまるで日本が悪者のように書いているので小学校の修学旅行の時(小学校の時も修学旅行は広島)からその疑問を先生に投げかけていたが、いまだに解決していない。ただ、この慰霊碑と平和の灯と向こう側の原爆ドームが一直線になっている設計はすごいと思う。

公園は非常に緑が多く、落ち着ける場所だった。修学旅行生がいない場所はとても静かでベンチに座って講演が始まる時間までのんびりと過ごした。資料館は時間がなかったので見なかったが、修学旅行生でいっぱいだったと思う。
平和記念公園2
平和記念公園2 posted by (C)midwave

資料館の前の緑はとてもキレイで「平和」だなと思った。日本人は本当に「平和」が好きだ。そもそも争うことが嫌いな国民なのだから。

そう思いながらも、ここを修学旅行の場として、原爆の子の像の前で「不戦」を誓うことにどういう意味があるのかわからなかった。原爆を落としたのはアメリカなのだ。なぜ「戦前の日本が悪い」「もう二度と戦争をしかけません」と教えるのだろうか?きちんとした歴史を教えるべきなのではないかと、「平和」でのんびりとした公園のベンチに座りながら、先ほど見た宣誓文を読まされている高校生を哀れに思ったのでした。

平和資料館のサイトを見るとわかるが、子ども達の「平和学習発表ルーム」には以下のような発表が沢山書かれている。このことこそが日本の教育の問題なのだと思う。見れば見るほど気持ちが悪くなってくる。何故ここまで自虐的な歴史教育を子どもにするのだろうか?と思うのは僕だけではないと思う↓

・戦争をしようと決めた日本は将来のことも考えていないただのバカだと思います。
・日本も調子に乗っていたから、これだけのぎせい者が出たのだと思う。
・日本が昔こんなことをしていたなんて悲しいし残念です。
・日本は戦争に勝ち続けていて調子に乗りすぎて、それにアメリカは腹を立てて原子爆弾を落としたのだと思います。だからアメリカは悪くないと思います。

なんじゃこれは…。
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