子どもは親を選べない

昔のおもちゃ売り場では、よく「買って、買って〜」と泣き叫んでいる子どもを良く見かけたが、最近はほとんどみかけない。

それもそのはず、よくよく観察していると、気前よく、何千円もするおもちゃをばんばん買っている。そのほとんどがジジババである。子どもたちはおじいちゃんおばあちゃんにおねだりすれば欲しいものがすぐに手に入るという構図だ。

だから、昔のように泣き叫んでいる子どもたちが減っているのだ。こんなことでいいのだろうか?

親が子どもたちに教えなければいけない一番大切なことは「我慢をする」ということだ。それなのに現状は、子どもたちは全然我慢なんて必要ない状況になっている。むしろ親が我慢して子どもにわがままをさせている状況だ。こんなバカなことがあっていいのだろうか。

ジジババは孫なんかにかまっているんじゃなくて、残り少ない自分たちの人生を充実するための投資を行なうべきだ。その方が日本の経済のためにもかなり大きな貢献になる。潤沢な個人資産を孫のために放出するのではなく、自分たちの趣味、住居、旅行などに使うべきだ。孫や子どもに楽をさせる必要など全くないのだ。

現代の親世代は本当に軟弱になっている。子どもに好き放題させて、全く毅然とした対応ができない。だから子どもたちはつけあがり放題だ。もっとカミナリオヤジが増えるべきだと思う。

学校も同様で、先生たちが友達感覚丸出しでとても見てられない。どちらかといえば、横暴とも思えるくらい威厳をもって子どもたちに接するべきだ。同時に親ももっと先生たちに敬意を払うべきだ。ところが、今の政治家と同様、先生たちも全く敬意を払う対象になっていない。これが日本の問題の根幹だと思う。

昔は警察官や先生は畏怖の対象だった。先生の言っていることが絶対で、親が先生にとやかく言うなんてことは絶対になかったし、考えられないことだった。先生に怒られればすべて子どもが悪いということで親は自分の子どもを叱っていた。ところが現在は自分の子どものバカさ加減を棚に上げて、信じられないことに先生を攻撃するのだ。

行列のできるナントカという番組の影響だと思うが、「訴えてやる」という親が急増中だ。そんな輩に「そんなに言うなら訴えろバカ」と言える教師がいなくなってしまったのが悔しい。実際裁判の費用を払ってまで訴える親なんか数えるほどしかいないのだ。もっと教師は毅然と対応しなければいけない。

モンスターペアレント急増の世の中で、子どもたちはますますバカになっている。金髪にしている子どもたちやだらしない格好をしている子どもも多いが、そんなバカな格好をさせる親は何ものなのだろうか。同じ日本人としてとても恥ずかしいし、大声で注意したくなる。(本当に言う時もあるけど…)

日本人としての最低限の常識を破壊したのは誰なのか。

その一つは国の為に死んでいった人々を大事にしないというあやまった思想が日本に蔓延している点も大きい。祖先を蔑ろにするその罰が当たったのだろうと思う。村山談話はすぐにでも撤回してほしい。ことの本質はそのあたりにあると思う。

戦争を悪としてそれを非難することはとても容易いし、わかり易いが、歴史はそれほど単純ではない。その時の社会状況を考慮せずにいたずらに祖先を犯罪者として扱うことで日本民族を陥れることが戦後教育でなされてしまったこと、またそれをタブー視してしまったことに現代日本教育が抱える大きな問題があるのだ。本当にここ20年ほどですっかり日本は変わってしまった。

田母神論文にもあったが、昔の日本人は本当に素晴らしかったと思う。この素晴らしい日本を育んできた祖先に感謝し、世界に誇る国に今後もしていくためにも、僕たちはやはり間違ったことは間違っているとはっきりいい、現代のあやまった風潮に対して毅然と抗議していかなければならないのだろうと思う。
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言葉狩りの国

兵庫県知事が東京大震災が起これば「チャンスだ」と知事会かなにかで発言したことが問題になっている。

確かに不用意な発言だが、それは会議に参加している人たちが、「それはあんた言い過ぎやで」とたしなめて、「いやあ、そう言う意味じゃないんだけど、すまんすまん」と応えれば済む話のような気がする。ニュースになりようにもない話だ。

それをマスコミは鬼のクビをとったかのように次から次へと糾弾する。しかも謝罪しているにもかかわらず、今度は「発言を撤回していない」と叩き込む。マスコミの論理はそうやって自分たちの納得する型の中に無理矢理押し込めようとするのだ。簡単に撤回できるような言葉だったら、先程述べたように会議の議事進行中に「すまんすまん」と撤回すれば済む話なのではないか。どこの世界に震災で人が被害にあうことを喜ぶ人がいるだろうか。知事がそう思っていってないことは明らかだ。「地震が起こることを想定して、東京一極集中を分散することを考えるのにいいチャンスだ」という意味のことを言いたかったはずだ。現に言い方がまずかったと語っていたではないか。

今のマスコミのやり方は「言葉狩り」としかいいようがない。
この前の中山前国交相のときも全体の発言をとりあげず、失言三連発などといい、揚げ足ばかりをとっていた。

世論はマスコミによって形成されるだけにおそろしい。田母神論文事件でも朝日や毎日の主張を聞いていると本当に戦前の日本はひどい国だと思ってしまう。

しかし、田母神さんが言いたかったのはおそらく論文の最後の部分だと思う。日本人の大人の大半は田母神さんの意見に同調していると信じて疑わないのだが、もしもマスコミの意見をうのみにしている人々が多いのであれば、日本もおそらく近い将来崩壊するしかないだろう。

田母神論文より
日本というのは古い歴史と優れた伝統を持つ素晴らしい国なのだ。私たちは日本人として我が国の歴史について誇りを持たなければならない。人は特別な思想を注入されない限りは自分の生まれた故郷や自分の生まれた国を自然に愛するものである。日本の場合は歴史的事実を丹念に見ていくだけでこの国が実施してきたことが素晴らしいことであることがわかる。嘘やねつ造は全く必要がない。

この論文は私からすればごく当たり前のことを主張しており、日本人として誇りを持てる良い内容の論文だと思う。

戦争は常にマスコミのプロパガンダから始まる。国民がマスコミの言っていることをちゃんと取捨選択する力を持たなければ、簡単に誘導されてしまう。今の国民の反応を見ているとマスコミの想い通りに動きそうな気配があり、とてもおそろしい。

日教組が問題と中山前国交相が言っていたが、今月号のSAPIOを読んでいると大臣の発言の方が間違っていなかったとあらためて感じる。結局大臣は辞めてしまったけれど、「言葉狩り」がこれ以上進まないこと、および、変な思想が日本人に根付かないようにして欲しい。特にマスコミの関係者はもっと国民に対して責任を感じて欲しい。自分たちの思想を日本国民に注入する為に会社が存在するのではないのだ。マスコミの使命は日本を良くするため、世界を良くするためではないのか?
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現代日本企業を破壊した成果主義

昭和が終わり平成に入る頃、日本はバブルのまっただ中だった。当時某都市銀行に入行したばかりの私は、何がどうしてこうなっているのかも皆目見当がつかないまま時代に翻弄されてしまった。首都圏の住宅価格は信じられないレベルにまで達し、郊外の住宅でも1億円近い値段がつくようになってしまった。土地や株式を保有している人々はバブルに踊り散財を尽くした人もいたようだが、私たちはただ時代のバカバカしさにまともに仕事をしているのが嫌になっていた時代だった。

その後バブルは崩壊し、少し時間を経た1995年頃から急速に日本社会が変化し始めた。

企業の中で最も変化したのは「成果主義」の導入である。銀行は昔から「成果主義」だったのだけど、降格、降給、解雇などは伴わなかった。この「新成果主義」の導入により、それまでの昭和時代の企業が発展していた理由である「終身雇用」「定期昇給」「年功序列」が吹っ飛んでしまったからだ。

会社の中にまで競争原理を導入し、社員同士を過剰な競争の中に投入し、ITの活用により、大幅な人員削減、いわゆるリストラが横行することで、今まで日本企業が脈々と築き上げてきた、社員を大切にし、その恩に報いる為の企業への奉公というモデルが崩壊してしまった。競争主義と言うのは「和」を尊ぶ日本国民に全くそぐわない主義であり、もともと「成果主義」などは導入に無理があった。ところが大量の団塊世代がポスト不足に陥り、時代的にも右肩上がりの成長が期待できなくなったことなどにより、必然的に導入せざるを得なくなった制度だ。そういった対応だけではコスト削減がしきれず、90年代後半からは派遣社員や非正規社員の活用が大幅に増加、「格差社会」をもたらすことになってしまった。

このような企業風土の中では、企業のために何かをしようという気持ちがおきず、自分のために生きるようになってしまう。当然、個人が保有するノウハウを他人に継承することは自分が不利になるためほとんどされなくなり、職場のコミュニケーションは急速に悪化してしまった。目標設定についても「達成可能+α」程度の目標しかたてなくなるので、昔のようにクリエイティブなことや、実現不可能とおもわれるようなことにチャレンジする精神は全くなくなってしまった。

成果主義がもたらす当然の帰結として、会社への帰属意識が極端に低下、会社への忠誠心はなくなり、転職によるキャリアディベロップメントが唯一の砦となってしまった。各企業でのナレッジマネジメントは崩壊し、昭和時代にあれほどクリエイティブに対応していたことがほとんどできなくなってしまったのだ。

日本の各企業は今こそ、悪の元凶である「成果主義」を排除し、新しいチームマネジメントを主体とした経営形態に進化させるべきである。日本企業が昭和時代に持っていた潜在能力を再度発揮させる為には「成果主義」に変わる新しい仕組みを導入していかねばならない。日本企業にもう一度活力を与え、再出発させなければいけない時代にきているのだと思う。

ここで復活しなければ、中国もろともアジア全体がメルトダウンしてしまいかねない。

はやく、各企業の経営陣は「成果主義」などという悪しき制度を排除し、日本人の活力を復活させる制度、特に「終身雇用」と「降格、降給の廃止」を宣言し、所得倍増計画を再度復活させていくべきだと思うのだ。
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昭和の日本で公害対策がうまくいった理由

日本企業は昭和30年代から40年代に続く高度経済成長の時代に非常にスムーズな経営を行なうことができた。その原動力が、勤勉な労働者による、「欧米に追いつけ追い越せ」という現状改善マインドだ。

戦後の焼け跡からとても欧米に追いつくレベルでなかったものが、オリンピック、万博と続く中で、もう少し頑張れば追いつき追い越せられるレベルに到達しそうなのが見えたそういう時代背景も大きい。が、一番大きな理由は「定期昇給」「終身雇用」「年功序列」といった各企業の家族的経営の中で、「一生懸命頑張れば、いつかは報われる」という気持ちが従業員全員に感じられたし、実際に力強い経済成長力により所得が年々増えているという事実があったからだ。今はしんどくても将来は昇給することが約束されていたので、住宅ローンを組んでマイホームを手にすることも出来たし、高級な電化製品やマイカーなどを持つことが出来るようになった。

「1億総中流」と呼ばれていた時代だが、私たちの親世代は本当に「幸せのサイクル」がまわっていた時代に仕事をしていたなあと感じる。家庭のインフラの充実が進んで行くことにより、更に会社に対する忠誠心も高まり、勤労意欲も増すようになった。「エコノミックアニマル」などと海外から揶揄されることはあったがそれくらい一生懸命働いてもそれに報いるような結果が得られたことが一番大きいと思う。多少しんどいくらいは全然苦にならなかったのだ。

そういうモーレツな状況の中、生産重視、利益重視が行き過ぎて、今の中国のように数々の公害問題を引き起こしたが、その後の立ち直りも非常に早かった。子供のころ、臨海コンビナートの無数の煙突から大量の煙がモクモクと立ち上っているのを見た記憶があるが、1967年には公害対策基本法が制定され、翌1968年には「大気汚染防止法」が成立、その後1972年にあった四日市公害裁判などの影響もあり、企業での二酸化硫黄の低減のための対策が行なわれた。特に液化天然ガスへの燃料転換や排煙脱硫装置の設置義務化などの対策が次々ととられ、二酸化硫黄濃度が急激に減少、1975年頃にはずいぶん低減している。

日本人は本当にいいと思ったものはすぐに普及する傾向にある。携帯電話の普及やブロードバンドの普及が良い例で価格帯が下がったとたんに一気に拡がる。海外ではこんな急な拡がり方はないと思う。日本人はいいものはすぐに取り入れるという気質なのだ。したがってこの気質が良い方向に振れれば、とても素晴らしい力を発揮する国民だと思う。

当時の日本はそういう気質が良い方向に振れた時期だったと言えるだろう。四日市をはじめとする公害裁判が増えるにつれ、企業の自助努力で今度は「公害をださないようにしよう」という意識が一気に進み、各企業では対策をうつことができた。

そういう意識が一気に進んだ理由の一つが、先程述べた「一生懸命頑張れば、いつかは報われる」というマインドを当時の人々のほとんどが持っていたということが大きい。自分が会社勤めをすることで、マイホームが持て、家族を養え、マイカーを持ったり、家族旅行なども出来るようになった。そういう自分への待遇向上に対する恩返しをする為に、積極的に企業の中で改善案を掲げ、公害問題が出ないような処置を現場現場で相応していくことが出来たのだろうと思う。こういうことはトップがいかなる人物であるかということはあまり関係なく、そこで働く従業員の会社に対する忠誠心が一番重要だ。

日本人の気質として「恩に報いる」という精神があり、会社に対しての恩に報いる為に、自分の限界までを提供して仕事に没頭することが出来た。会社に対して奉公することが、結局は社会のためになり、日本国のためになるという気持ちで働けたのだろうと思うのだ。

現代の企業とは異なり、昭和の企業には家族主義的な側面が多かった。「終身雇用」が保証されていたことに加え、家族を大切にする為の社内運動会の開催や保養所の整備、家族手当、持ち家手当、マイホームの斡旋など福利厚生制度を充実させていった。家族での父親のステイタスはますます向上し、仕事に対するモチベーションも非常に高いものとなった。ところが、バブル崩壊を境にこの状況は一変することになってしまう。

いまだに立ち直れない日本企業について次回記述しようと思う。
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昭和40年代の日本と現代中国の類似点

私が生まれた昭和39年は高度経済成長が一段と本格化した年であった。東京オリンピックが開かれ、その為のインフラ整備として新幹線が開通したのもこの年であった。昭和45年には大阪万博が開かれ、日本は一気に先進国の仲間入りを果たした。北京オリンピックが終わり再来年には上海万博が開かれる今の中国と当時の日本の姿は非常に良く似ている。

当時の日本も今の中国と同様に、経済が進歩する一方で、光化学スモッグなどの大気汚染や農薬の大量使用による土壌汚染、合成保存料・甘味料などの発がん性物質の発覚など公害問題が大きな問題になった。今の中国と本当に良く似ている。公害だけでなく、列島改造論の波に乗って公共事業が多く行なわれ、ダム開発や堤防開発による河川の生態系破壊や、道路開発による森林の破壊などなど多くの問題が噴出した頃でもあった。

私が小学生の頃には、夏になると光化学スモッグが発令されて外出禁止になることが度々だったし、有吉佐和子の「複合汚染」がベストセラーになったのもこのころだ。発売当時私はまだ小学校5年生だったが、一気に読了し、子供ながらにとても問題意識を持った記憶がある。小学校6年生のときに自由研究のテーマとして「公害」を選び、特に食品汚染についての研究をしたぐらいだ。合成保存料のサリチル酸の問題やチクロ、サッカリンなどの甘味料の発がん性など、いろいろなものを調べた記憶がある。農薬の影響で豊岡の「こうのとり」が絶滅の危機にさらされたのもこのころだ。

メタミドホスをはじめ、汚染米、メラミン牛乳など中国の食品汚染が問題になっているが、昭和50年くらいの日本でも同じようなことが起こっていたのだ。これはある意味経済の爆発的成長過程での「必要悪」なことかもしれない。急成長をはかるあまり、利益に貢献しない公害対策や環境対策が後手になってしまうからだ。我が国がやらなければいけないのは、中国に対して批判を浴びせて不買運動を起こすことではなくて、いかにその問題を克服させ、未来につなげさせるかということだと思う。

日本は今まで蓄えてきた多くの公害対策ノウハウ、環境保全ノウハウがあるわけだから、それを技術移転し、適切なコンサルテーションを行なうべきだと思う。そうすることが日本の使命ではないだろうか。

当時の日本は、民間企業を中心に対応がすこぶるスピーディーでかなりの成果をあげたと思う。当時毎日のように発令されていた「光化学スモッグ」が現代日本では死語になっている。北京オリンピックでみたスモッグのひどさは、私たちの小学生時代の日本そのものであったように思う。これまでの日本の公害対策や環境対策の努力過程は世界に誇っていいものだと思う。

昭和時代の日本がなぜ、これほどまで改善できたのかを次回振り返ってみたい。
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