ビッグデータの話から思ったこと

最近「ビッグデータ」なる言葉を良く聞く。

大きなデータ?ま、大きな会社は大きいわなぁ…。くらいに感じていたが、どうもそうではなく、Web上にある様々なデータ(社内データだけでなくFacebook、TwitterなどのSNSとか、Blog情報なども含めて)を統合的に管理しようということらしい。

データの管理は大昔から言われて来ていて、各社ともDWHとして整理しているはずなんだけど、これが使いにくいし、必要なデータが出て来ないという問題が生じている上に、今は社外のデータも活用しようではないかという議論に発展している。

しかしながら、IT側からの提案はこうやっていつも仕組みやツールから入ってしまう。それがBIであったり、ERPであったり、今はHadoopなのである。

セミナーに行ってもよくわからない。自社とどう関係があるのかも想像しにくい。長年ITをやっている僕でさえわかりにくいのだから、経営者にとってはもっとわからないはずだ。

流行を追い求めることを先行するのではなく、何が今自社に求められているのか?ということを最初に考えなければいけないと思う。

顧客が何を望んでいるのかということを深く追求せずして、うわべの形としてのITを整備しようとする傾向が強い。こういうのは15年前くらいから顕著だ。短期的な利益を追い求めるので、先ず形から入ろうとする。ステークホルダーがどうのこうのと言い始めた頃からだと思う。

BIの見える化が良い例だ。見えることは大事なんだけど、そのツールを作ることが自己目的化してしまい、それを見てから次の一手が打てない。画面に現れているのは過去の結果であり、取り返しのつかない悲しい状況が見えているだけである。それを漫然と眺めていても次の一手はその画面からは出て来ない。

昔、計量経済学を専攻していて、未来の予測を一生懸命試みたが、担当の教授曰く「未来を予測するのは不可能です。」と…。過去のデータから今の現状をあてはめて変動要因を炙り出すことは出来るものの、実際の未来には不確定な要因が多過ぎて予測不可能なのである。

だから画面から出てきた結果を見て、どう判断するかは経営者の力量にかかっている。そういう次の一手をちゃんと決めてからITを活用しないといけない。

目的があやふやだから変なことになるのだ。

マーケティングツールなども同様で、それを整備し、地図上にもっともらしい色や数値を出すことは可能だ。が、それで安心してしまい、コンピュータを信頼し、現場に足を運んで自分の目で見、自分の耳で聞き、五感で感じるいうことを忘れてしまっては本末転倒である。

仕組みやツールではなく、何が目的なのかをしっかりと腹に落としてからITを活用しないとITが生きないし、そもそも売上も伸びず、社会の為にもならない。

難しいものに飛びついてその活用に一生懸命になるさまは、新しいゲームに飛びついてその攻略法をマスターしようとする小学生みたいにみえる。

ゲームばかりしていても、一向に教養は身につかないのだ。

世間の流れに惑わされず、まずしっかりと自分の立ち位置を決め、やるべき手はちゃんと打った上で、子供が一日一時間と決めてゲームをやるように、新しいことばかりに埋没せずに、余力を持ちながらの経営をしないといけないのではないだろうかと思う。

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メディアの取材を受けて感じたこと

ダイヤモンド・オンラインにインタビュー記事が掲載されました。今までもベンダーのインタビュー記事などに掲載されたことがあるが、こういうメジャーなところに掲載されるのは初めてでちょっとうれしい。

掲載内容は、「今までやってきたことの事例を紹介しながら、アウトソースベンダーとどう付き合い、どう変革を起こしてきたかということ」なのだけど、残念ながら短い記事の中ではなかなか思ったことが表現できなかった。

多くの企業が90年代後半にシステム開発についてアウトソースに移行し、ベンダー丸投げが横行していたのだけれど、その後システムのイニシアティブをベンダーに握られてしまい、自社のシステムなのに自社で思うようにできなくなっている現状があり、それをどう改善してきたかということを話したかったのだけど、記事になるとちょっと物足りない気がした。読んだ人はどう感じたのだろうか?なんだか自慢話っぽくなった感じもあり、ちょっと反省…。

本当はシステムイニシアティブ研究会の例会で話した内容を記事にして欲しかったのだけど、1時間の講演内容をこれだけの短い記事にするのはやはり難しいものだなあと感じた。ま、それでも言いたいことの骨格は伝わったのではないかと思う。

今回の取材で感じたのは、雑誌やこういうオンラインメディアの中の情報というのはどうやっても真実の一部でしかないなということだ。

そういえば、昔勤めていた銀行合併のシステムトラブルの話が雑誌に載ってるのを読んだことがあるんだけれど、ちゃんとした真実が書かれていなかった。そもそも当事者の私にインタビューが来なかったのだから真実は語られるはずがない。内容は嘘でないにしてもそもそもの失敗原因は全然違うところにあったのだ。まあ、もう時効だからと過去のことを掘り返す気にもなれないが、なんだか釈然としない。

新聞の記事などはもっと推敲時間が短いのでいい加減な話も多いのかもしれない。そういうものを元に世論が形成されているのだからちょっとコワイ気がする。

記事を書く際の記者のスタンスがどこにあるかによって、全然内容が異なってしまう。テレビの報道なども最近気をつけて見ているのだが、印象操作がものすごく多い。今日だって仕分けの報道では蓮舫氏と枝野氏ばかりを切り取って映していた。まるで二人がすべてを仕切っているという感じに印象づけるためだろう。実際には裏方が頑張っているのだと思う。

全然違う趣旨の話を切り取って報道するケースもあるらしい。意図を持って行えば印象操作はいくらでもできる。

統計を使って説明する際にも同じようなことが言える。統計の対象者は誰だったのか?母集団は何人だったのか?そもそも公平な調査で得た数字なのか?などなど、統計資料だっていくらでも操作できる。

僕らは今、ものすごい膨大な情報に囲まれて生きているが、本当に正しい情報にはあまり接することができない。真実は自分の目で見、自分の耳で聞かなければ絶対にわからない。インターネットで取得できる情報などは参考情報であって、やはりあくまで自分の足でかき集めるしかないと思う。

世の中はITの時代になってしまい、なんでもパソコンでできると勘違いしている人は多いが、そんなことはほとんどなく、真贋を見極める目の修養方法は昔から変わっていないと思う。

海外の情報もインターネットですぐに入手できるのだが、やはり行ってみて、空気を感じ、現地の人たちの表情まで見ないことには本当のところはよくわからない。

ということで、話は全然違う方向にそれてしまったが、自分の意思を少しずつ世の中で主張していくためには、そうは言っても、やはりメディアを活用し、情報伝達のきっかけをつくっていくしかないなとも思う。

また、こういう取材などの機会に接することができるように人脈をつくり、色々と発信していきたいと思う。
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毎日ブログを書くことにしよう

ここのところ毎日のようにブログを更新しているが、更新方法は実は朝の通勤電車の中でのiPhone入力なのである。

「Jugemブログ」のiPhoneアプリができたので、わりと入力が簡単になったのがきっかけなんだけど、電車に乗っている40分間ずっとフリック入力に没頭しているので、周りの人は「なんなのこのひと?」と思っていると思う。

それでもちゃんとブログになって読者が増えるのはなんだかうれしい。ここのところ300くらいのアクセスがある。できれば1日千人以上のアクセスを目指したいと思う。

人生の転換期なのか最近色々思うことが多くもやもや感が払拭されなかったので、思っていることをブログに書きたかったのだが、毎日毎晩飲み会が続いており、夜はパソコンに向かう気力がなく、ついついブログの更新が途絶えていた。ところがいくら飲んでも翌日はケロッとしているので、その朝の通勤時間を利用してブログを更新してみようじゃないかということで、こないだから更新を続けているのだ。

千日回峰行というのがあるが、それに近い感じで、自分としては修行のつもりでこれから毎日ブログを更新していこうと思う。社会のこと仕事のこと家庭のことなどなどまだ頭の中が整理されているわけではないのだけれど、毎日文章にすることで少しずつ考えが整理されるのではないかと思っている。

連続3日目の更新でした。これから頑張ります。
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こんな人をマネージャーにしてはいけない

昨日、所属している研究会の発表会リハーサルがあった。

その中の一つ「組織マネージメント分科会(通称:もしドラ分科会)」の話はとても興味深かった。特に「マネージャーの資質」に関する話が印象に残った。

ドラッカーの「マネージメント」の中に書かれている話なのだが、こういう本をさらっと読みとばてしまうとなかなか印象に残らない。本を読む時には重点ポイントを深堀りするクセをつける必要があると思った。

で、本に書かれているマネージャーの資質の話だが、それは「真摯さ」ということらしい。「なるほど「真摯さ」ね…。」と言ってしまえばボンヤリとなんとなくわかるのだけど、思考に定着しない。

昨日の発表でここが印象に残ったのは「こんな人をマネージャーにしてはいけない」という題だったからだ。

文の「題」って大事だなぁとあらためて感じた。ということでこのブログのエントリーも「こんな人をマネージャーにしてはいけない」にしました。

◎ドラッカーが指摘する「真摯さの欠如」

1.「強みよりも弱みに目を向ける者」

できないことばかりに気づいて、できることにちっとも目のいかない人。こういう人がマネージャーだとやがて組織の精神を低下させる。減点主義の成果主義ではこんな上司ばかりになる。

2.「何が正しいかよりも、誰が正しいかに関心を持つ者」

仕事よりも人を重視することは、ただの感情移入にすぎない。おべんちゃらが出世の近道になってしまうとやがては組織全体を堕落させる。 「あいつは頭がイイ奴だな」とか「良く言うことを聞くなあ」など仕事の本質でなく人で判断するのは未熟な人。定性評価の成果主義だとほとんどこの「ええ奴」が採用され組織は堕落する。

3.「部下に脅威感を持つ者」

自らの仕事に高い基準を設定せず、部下に自分より低い基準を強要する人。部下の仕事の成果が自分の存在を脅かす恐怖から部下の足を引っ張りまくる人。こんな人が上司だと本当に仕事が出来る人の評価が低くなってしまう。こういうのが偉くなるとその人の周りは茶坊主ばかりになる。

発表の中にはほかにも幾つかのパターンが例示されていたが、こんなふうにダメなパターンを明示されると、それぞれのパターンで実際の人達の顔が浮かんだりするので興味深い。

それにしても、こうやって一つのことを深堀りするだけでも、いかに日本の成果主義に問題があるかがわかる。

現代のサラリーマンが感じてる「生きる意味の喪失」はほとんどの原因が「成果主義」にあるのではないかと思う。いつも「評価」ばかりに囚われ、「減給」「降格」の不安に苛まれ、将来の「安心感」を失ってきている。

高度経済成長期にイノベーションが起こったのは、安心安全が保証されていたからだ。

こうした間違った「成果主義」を日本から排除し、イノベーションを起こす人達が溢れた国にして行きたいものだと思う。
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セキュリティがわからなくなってきた

昨日、某ユーザー会でセキュリティの話になったが、最近このセキュリティがわからなくなってきた。

10年前に情報セキュリティアドミニストレータなる資格をとった頃はセキュリティに関する作法は非常に明確で、分かりやすかった。で、それらの知識を元に今の会社の情報セキュリティもしっかりと構築した。

が、いまやクラウドの時代だ。Facebookには自分の本名を出し、顔写真まで出している。mailアドレスもさらけ出している。

Evernote、Dropbox、Gmail、iCloudなど、クラウドサービスも充実してきた。情報は遥か彼方アメリカのデータセンターの中に収まってしまい、何をされているのかは僕らには検討がつかない。

しかしながら、Facebookにメールアドレスをさらけ出しているのに、さらけ出しているGmailには一件の迷惑メールも来ない。一方我が日本のプロバイダーのアドレスはどこにも出してないのに日々迷惑メールが山のように来る。

一体どうなってるのだろう?

会社のシステムは完全防備のオンプレミスでめちゃ高い費用を払ってシステムを維持しているし、セキュリティ対策は万全にやっている。

その一方でパブリッククラウドの桁違いの安い維持費を聞くと、一体僕らは何をやってるんだろうと思ってしまう。

で、先ほどのGmailの話だが、意外に安い方がセキュリティ対策がしっかりしてたりする。ひょっとしたら全部クラウドでやっても大丈夫なんじゃないかと錯覚してしまうし、今の世の中はクラウドクラウドとすごい勢いだ。

だけど、やっぱり海外のサーバで運用されるのはちょっと怖い。日本の会社がAmazonやSalesforceのようなサービスを展開してくれればうれしいのだが全くそういう勢いを感じない。

で、結局オンプレミスに戻ってしまう。サービスとして提供されているものはそのままクラウドでいいが、会社の根幹部分のシステムは自社運用っていうハイブリッド運用に最終的には落ち着くのかなって思うが、そのあまりのコストの差になんだかなと思ってしまう。

大きな会社はいろいろ影響が大き過ぎて身動きが取りにくい。情報漏洩にしても結局は個人のモラルの問題なのだが、2、30人の会社なら徹底も簡単だが何千人、何万人の会社だと徹底が困難だ。結局高いコストをかけてシステム側で歯止めをかけざるをえない。

世はスマートフォン全盛時代。パソコンと同じような機能を携帯が持っていて、それを個人が所有している。

データのやり取りもどこででもできるしクラウド側に簡単に保存できる。

こんな時代のセキュリティってなんだろう?って、当初の疑問に戻るのだが、大きな会社の中にいるとどうもこれがよくわからなくなる。

わかるのは、これからは小さな企業の時代なんだろうなってことだ。

大きな企業はその図体の大きさと脳の小ささゆえに、氷河期の恐竜のようになるんじゃないかと思う。

と、発想を変えれば良い時代なのかもしれない。中小企業がいままで投資出来なかったITが、クラウドで簡単に大企業並のシステムを構築、維持できる時代だ。

そう考えると自分の立ち位置が見えてくる。

今日も快晴。新しい人生に向かって一歩踏み出して行くことにしよう。
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ヤマハのミュージックオンラインやってみた。

昨夜、ヤマハミュージックオンラインの「真夜中のボサノバギター」の受講を開始した。

前からギターを本格的に習いたいと思ってたのだけど、時間がなく、これなら夜中に出来るかな…、ってことで早速申し込んでみた。

ボサノバをやりたくて、事前に練習用のサイレントギターを買ってたので、「真夜中の…」っていう表題通りの受講スタイルでハイボール片手にはじめてみた。

いわゆるeラーニングには懐疑的なんだけど、これはなかなか良い感じ。一方的に受け身で受講するeラーニングと違って自分で実際に演奏するので面白い。

パソコンのヘッドホンジャックからサイレントギターのAUX INにケーブルを繋いでギターのヘッドホンをつけるとeラーニングの伴奏をバックに自分の演奏を重ねることができる。

凄く快適な授業だ。昨日やったとこは簡単だったんだけど、徐々に複雑になるとのことでとても楽しみだ。

ま、時間が出来たらグループレッスンに通って仲間を増やしたいんだけど、とりあえず始めて、腕を磨くにはいいのかもと思う。

半年の受講期間で7千円ちょっと。ま、安いよね。

上手くなったらYouTubeにUPすることにしよう…。
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授業参観で感じた違和感

去年の授業参加は本当にひどかったが、今年はまあまあ普通の感じだった。それでもやっぱり違和感は拭えない。
(怒り心頭に達した去年のブログ → 「日曜参観にて…「なんじゃこりゃ?」という話」)

算数の授業で、「重さを計ってみよう」という授業。
算数のドリルが100グラム、算数の教科書が330グラム、ランドセルが1キログラムという状況で、「1.5リットルの水」「石鹸」「バケツ」「学習事典」「フィルムケース」「ボール」などの重さを推定しようという授業。

ま、与えられているドリルとか教科書とかランドセルを使って、重さを想像するということだけど、賢い子はすぐに与えられているものと比べようとするが、うちの娘は石鹸とフィルムケースを持ってどっちが重いかな?みたいなことに一生懸命だ。

ま、人それぞれなので、授業そのものはそれでいいのだけれど、なんだかざわついているし、まとまりがない。

ものすごく違和感があった。

授業っていうのはもうちょっと背中をビシッと伸ばして真面目に聴くものではないのか?という前提条件が僕らの世代にはあるので、「ううーん」っていう感じを覚えた。ま、ひところは「学級崩壊」という状態の学校だったようなのでまだマシといえば、とてもマシなのだけど、「なんだかな」と感じてしまう。

その一方で、立腰教育を取り入れている幼稚園がある。(川越白ゆり幼稚園福井佼成幼稚園田園都市幼稚園等)いわゆる「型」から入る教育ではあるが、授業を受ける態度、日頃の人に対する姿勢、教育の根本は、やはり「型」から入るべきだと思う。その「型」を教えないまま授業だけが進んでいくから、なんだか真面目さの足りない、背中に芯が入ってないような子供達になってしまうのではないだろうか?

もっと違和感があったのは、最後に先生がみんなを褒めるところだ。「みんな、よくできてた」と褒めるのだ。「ほめて伸ばす」というのが流行っているからかなんか知らないが、どう考えても褒められるような授業態度ではなかったはずだ。去年よりはマシとはいえ、やはり僕的にはものすごく物足りなかった。褒める必要などどこにもないと思った。

なぜもっと真面目にならないのか、真剣に授業に取り組まないのか、と苛立ちがつのるばかりなのだ。

なんなんだろう?この違和感は…。

あと、親が教室に入らずに大勢が廊下から窓越しに見ているのだ。不思議としか思えない。
なぜ教室に入ってこないのだろう?

何といえばいいのか…。去年よりはマシだったとはいえ、やはり小学校教育に対する違和感は続くのであります。。。。

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本を売りに行って思ったこと。

断捨離第一弾として、朝から本の処分を開始。
 ↓

本棚から、もう読まないだろうと思われるものを片っ端から取り出し、とりあえずブックオフに売ることを考えた。

朝8時から10時頃まで本を整理し、10時半には娘のスイミングに送っていき、帰って昼食を食べてから一息つき、14時に車の後ろに本を積み込みいざ、ブックオフへ。

結局、358冊買い取ってもらえることができて(100冊くらいは古いのか引きとってもらえず廃棄処分)8190円という査定でありました。これとは別に2600円分の券(ブックオフの中で使える金券)をもらったので、合計で1万円を超えました。

ま、こうやって本を売って思ったのだけど、読もうと思って置いてた本なんだけど、ほとんど読み返せてないということ。論文を書くなど、よっぽどのことが無い限り一度読んだ本を読み返すことは少ない。そう考えてみると、読んだ本を一つ一つ記録に残しておかなければなあと思った。

このブログでも以前は読書ノートという形で読んだ本の感想を書いていたのだけど、もう一度それを復活させるのと、すべての蔵書を記録することが必要だなと思った。

ということをFacebookでつぶやいたところ「MediaMarker」がオススメということで早速ダウンロードしてみた。→ <MediaMarkerのiPhoneアプリサイト
このアプリ、iPhoneのカメラで本のバーコードを認識させることで、本の登録ができるので、とても便利、とりあえず今読んでいる3冊を登録。今後読む本をすべてここに登録し、そのうち気に入ったものをこのブログで書いていくことにしていこうと思う。

つい最近読んだと思ってた本も一年前のことだったりする。そう考えていけば、生きている間に読める本はそう多くはないという気がしてきた。1日1冊は無理としても、できるだけ多くの本を読みたいなあと…。

本を読むだけでなくて、書く側にもまわりたいなと思う。ここ20年ほど特にいろんな会社に成果主義が導入されて以降は日本全体が衰退しているが、「本来の日本の組織はどうあるべきなのか?」「そもそも日本人とはどういう民族でどういう形でこの国を形作ってきたのか?」ということについてどうしても書きたいという気持ちがある。

今年に入って、何度か講演をさせて頂く機会を得ているが、聴いている方々の反応が良いのはそういう「日本独特の組織風土」に関する話についてだ。心のどこかで「今の社会はおかしい」、「本来こうあるべきなのでは」という気持ちが誰の心にもあるのではないだろうか。

そのあたりを歴史の事実を通じて解き明かし、今後の日本の発展のために何か貢献できればなあ…なんて大それたことを考えている今日この頃なのであります。

ま、そのためにはもっと本を読み、もっと現場を知ろうかなと思っています。
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