カムイ伝講義

映画「カムイ外伝」が封切られた事もあり、本屋にカムイ伝のマンガが並べられていた。

白戸三平の本格的なマンガ「カムイ伝」は絵の構成が暗いので今まで避けていた。が、いざ読み始めると引き込まれる面白さがある。その「カムイ伝」を講義している本がこの本だ。冒頭に「日置藩」の設定を高校のときの地元、岸和田藩と仮定しているところに興味があり、立ち読み後、すぐにこの本を買った。カムイ伝を読む限り、なんだか東北地方をイメージしていて、まさかこんな地元の話だとは思えなかったからだ。

地元岸和田だと言われると俄然興味があふれてくる。確かに気の荒さは泉州っぽい感じはするが、岸和田藩は天領にはなっていないのでカムイ伝の設定とは異なる。ただ、海が近いことや5万石という設定が似ているので限りなく近いと著者は語っている。それにしても岸和田と忍者は結びつかないが、甲賀忍者も元々岸和田出身であるのならなんとなくうれしい感じだ。

こうやって歴史を検証して行くと、泉州地域は面白い地域だ。今住んでいる堺も古墳時代から綿々と続く由緒ある場所だし、安土桃山時代には一世を風靡した土地柄だ。そのお隣岸和田も今は祭りだけで有名だけど、江戸時代には5万石の藩としてなりたっていたのだからもう少し歴史検証をすべきだと思う。その南隣の貝塚市などもあまり歴史的には検証されていないけど、地内町として江戸時代に一定の勢力を誇っていたのではないかと思う。一向一揆も関係あるはずだ。この地域は考えてみればすごい地域なのかもしれない。万葉集の時代から実家のある阪南市の箱の浦が歌に詠まれており、土佐日記でも泉州の海岸に立ち寄っている。なんか、歴史物の小説でも書いてみたい気がする。。。

話を戻して、この本の話だけれど、本の題名の通り、法政大学の田中教授は「カムイ伝全集」をもとに講義しているのだそうだ。大学の授業といえば、わけのわからない本を読まされてはテスト前にコピーを一生懸命暗記した記憶しかないが、こんな授業なら喜んで受けたいと思う。マンガを題材に江戸時代を検証するなんてことは普通思いつかない。学生の興味の導入としてマンガを選んだこの教授は本当に偉いと思う。

実際、マンガ「カムイ伝」は読み出すと止まらない。小学館文庫版を今読んでいるのだけれど、もう、めちゃくちゃ面白い。

江戸の文化を町人の視点で見るものは多いけれど、農民や被差別部落の視点で見るものは少ない。圧倒的多数の農民は江戸時代何をし、何を考えていたのかということを考察しながら、現代につながる日本という国の根本をこの本を読みながらもう一度見つめ直したいと思う。
読書 | comments(0) | trackbacks(0)

漫画落語傑作選

本屋の店頭に置いてあったので、思わず買った本。

落語には興味があるんだけど、寄席には行ったことがない。大阪は天満繁盛亭が大人気でいつも満席らしいんだけど、一回行ってみたい。高校の同級生が落語家をやっており、この天満繁昌亭にも出演するときがある。 そのときに行ってみようかな…。

古典をそのまま自分の中でアレンジして話芸にする落語。笑うことは健康にも良く、繁昌亭が流行れば流行るほど大阪のおばちゃんたちはますます元気なのかも知れない。

この本、落語の古典を漫画家の風間やんわり氏がその古典落語のエッセンスを残しつつ自分なりに相当アレンジして作られた本。漫画なので帰りの電車の1時間で読み切ってしまった。漫画と漫画の間に立川志の輔や三遊亭楽太郎など5人の落語家とのスペシャルインタビューや落語用語の解説コーナーもあり面白い。

一点だけ難点があり、章のはじめの落語のあらすじを書いている文章のフォントが小さすぎて老眼の私には振動する電車の中で見にくかったですね…。

ちょっと、老眼すすみ過ぎ…
読書 | comments(0) | trackbacks(0)

単純な脳、複雑な「私」

評価:
池谷裕二
朝日出版社
¥ 1,785

池谷裕二氏の最新作。以前「進化しすぎた脳」という本も読んだが、断然、こちらの本のほうが「進化」している感じ。

本の中で取り上げられている実験が、サイト上で動画で見れるので非常に便利。(インターネットってすごいなあ)→ 朝日出版社のサイト(「15ドットの人間」→ドットが本当に人間の動きに見えます。オススメ!)

脳の仕組みについて、高校生(池谷氏の母校藤枝東高校)に対しておこなった講義なので、ことばもわかりやすいし、複雑な理論を実験例で示されているのがとてもわかりやすい。

なかでも傑作なのが「人の顔など半分しか見ていない」という項目。右脳を使って見ているので、向かって顔の左側(見られる人にとっては自分の右側)しか見られていないということだ。本の中の実験では、向かって左側を男性、右側を女性で合成した写真の例があり、一見するとやはり男性に見えてしまう。

ということで、女性方々へのアドバイスとして、時間がないときは自分の顔の右手側だけを念入りに化粧した方がよいとのこと。だそうです…。
読書 | comments(0) | trackbacks(0)

整理HACKS!

小山さんの本はいつも勉強になる。

近所の本屋では人気の本のようで、店頭平積みになっている。「整理」というところに着目されたのはGOOD

というのも、おりしも社内でファイルサーバの利用実態について議論になったからだ。社内のシステム部門としては、ITの活用を促進したいのだけれど、促進したくないのがファイルの権限設定だ。

部署の中で何を秘密にしたいのかわからないが、「誰それさんと誰それさんは見れるけど違うチームには権限を設定しないでね」などという依頼が多い。もともとは部署毎に権限設定していたのだけど、異動後も共有したいとかいう依頼が多く、その上、変なプロジェクトやタスクフォースが出来るたびに「参加メンバーだけが見れるフォルダを作ってくれ」という依頼が増えてくる。

最初のうちは「はいはい、しゃーないなあ〜」と依頼に応じていたのだが、最近はだんだん腹立たしくなって来た。僕らが忙しくなるだけで、よくよくフォルダの題名をみてみるとおそらくゴミ資料しか入ってなさそうなのだ。ディスクがゴミに占領されているという感じだ。まあ確かにディスクの価格は安くなったので何ギガバイトゴミが増えようが経費的には問題ないのだけれど、「そんなゴミに埋もれてあんたら何の仕事してるん?」と突っ込みたくなる今日この頃なのだ。家の中でも不要なものはどんどん捨てないとクローゼットは満杯になり、部屋にゴミがあふれて汚い住処になってしまうのだ。仕事だって同じだ。ゴミ屋敷に住んで、ろくな仕事ができるはずはあるまい。

で、来週から文書管理について真剣に考えようやないかとシステム部員にハッパをかけた矢先だ。そんな矢先にこうもスマートな提案を書かんでほしいよなあ〜と思うくらいスマートなアイデア満載なのがこの本なのだ。

企業の中にいるとセキュリティがややこしくて、この本のような大胆なことはできないけれど、社員がみんな整理意識を持てば、もっと仕事の効率があがるんじゃないかなと思う。

この本に影響を受けて、さっそく私ですが、会社のメールを整理しましたよ。大量に溜まっていたメールを全部整理。カテゴリー別に分類してCドライブに格納した。整理してみると結構すっきりと問題点と課題が見えてくる。

仕事の能力のひとつとしてこの「整理」能力はめっちゃ大切だと思う。
読書 | comments(0) | trackbacks(0)

ものつくり敗戦

日本のものづくりは「すごい」とずっと信じていた。

確かに「すごい」のだけど、匠の技(わざ)がすごすぎて大量生産できず、結局「勝てなかった」ということを実感として納得できた本。

大東亜戦争でも後半は圧倒的な戦力不足で負けたのだが、戦艦大和にしろ、匠の粋を集めすぎて、結局は速力が遅すぎて使い物にならなかった。大砲にしろ、いろいろと匠の技がすごすぎて、部品が画一化できなかったことも一つの敗因だったそうだ。

日本のものづくりは「インテグラル」化しているとして、擦り合わせの上に成り立っていることを誇りにしているような記述の本を読んだことがあるが、擦り合せなければうまくいかない技術を著者は疑問視している。ん〜確かに、そういう面もあるかも。

だけど、簡単なしくみの部品を寄せ集めただけの製品がすごいとも僕は思わない。品質を究極までつきつめた良い物にこだわって作る日本の方が良いに決まっているではないか。ものつくりをどこに主眼を置くかで見方は変わってしまうのだが、日本の技術力は自信を失う必要はないと思う。

先日、給湯器類を作っている工場の見学をしたのだが、多品種大量生産をものすごいスピードで正確におこなっているのを見て、「これは外国ではできっこない」と確信した。いくら中国がすごいといっても、これほどの多品種を間違いなく素早くつくることは絶対できないと思った。要求レベルが日本はものすごく高いと思う。

ただ、残念なことにここ最近の日本の「数学力」の低下は目を覆うほど進んでいる。この本の第4章にも書かれているが「数学」というものに重きを置いてないということは日々実感するところだ。そもそも「数学」が出来なくても私立文系の大学には合格できる。そんな楽な話があるのか???????
と疑問符が5つ以上つく。

諸外国で大学の入試に数学がない国はないそうだ。なるほど…。道理で…。

昨年、我が国はノーベル賞のラッシュだったが、今後、そんなすごい人たちがあらわれそうにないのかもしれない。もう一度学校教育の中で「数学」を重視した教育をやり直すべき時期に来ていると思う。ものづくりにこだわり、科学技術のトップランナーとして世界をリードする、そういう国に日本はなるべきだと思うのだ。
読書 | comments(0) | trackbacks(0)

多読術

松岡正剛さんの本はいつ読んでもすごい。

とにかく知識量が膨大なんだけど、その膨大な知識はどこからくるのか、その読書術はどういうものなのだろうということを知りたくて読んでみた。

途中、こりゃあかんわと思ったのは

「いちばん心がけたことは、寝ないようにするということでしたね(笑)。あとでも言いますが、これは三十代も四十代もずっと続きます。いまでも一年のうちの三百日くらいは、午前三時以前には寝ません。…」

という部分だ。道理で…という感じだ。寝る間も惜しまずに本を読んだり、ものを書いたりするということなんだ。なるほど…。

受験生をずーっと続けているという感じなんだね松岡さんって。すごい!

「マーキング読書法」というのも紹介されているが、もう本1ページに5〜10カ所もマーキングしている。そんなにマーキングして本が次々と読めるとは思えないのだけど、猛烈に読めてたりするのが不思議だ。

その上、マーキングした本をノート代わりにさらに年表とかにチェックを入れていくという方法をとるとのことで、ちょっと聞いただけで全然時間が足りなくなりそうだ。が、でもできちゃうんだ。不思議な人だと思う。

この話を読みながら、私が指導を受けた教授のことを思い出した。普段何もしてなさそうなのに最新の金融工学を理解していたり、パソコンなんかしてなさそうなのにチャチャチャとプログラミングをやって私たちを驚かすのだ。いつそんな時間を捻出しているのだろうと不思議なのだが、きっとあの先生も夜寝てなかったんだろうと思う。

知り合いの優秀なIT技術者も、うちにくるメールはいつも午前3時だったり5時だったりする。いったいいつ寝てるんだろうか?と思うが、そういえば、私自身も猛烈に働いていた頃は毎日3時間程度の睡眠で事足りていた。人間やろうと思えば短時間睡眠でやっていけるということだとは思うが、私にはもう無理なような気がする…。

とはいうものの、3時間睡眠とはいかないけれど、6時間睡眠なら続けられそうな気がする。今日から、ちょっとでも夜に勉強する習慣をつけてみようかなと思う…。(三日坊主のような気がするけど…)

読書 | comments(0) | trackbacks(0)

街場の大阪論

元「ミーツリージョナル」編集長の江弘毅さんの最新刊。

『「二度づけお断り」の思想』という章から始まるこの本。いやはや、何とも面白い本だ。その上、読み進めるうちに高校の先輩ということが判明。懐かしい高校時代を思い出した。

高校の頃はそれほど地元に愛着があった訳ではないのだけれど、今、思えば、都会とは全く異なった一種独特の街の雰囲気があっていい街だったと思う。ほんまもっと遊び倒しとけばよかったなあと思う。(結構遊び倒してたけど…)

この本の中でも地元志向について書かれている部分があり、なるほどと感じた部分がある。「自分の地元がいちばんうまい!」という章の中に、地元についてこういう説明をしている。地元と言っても住んでいる場所だけでなく、働いている場所、よく行く場所も地元と言ってよいのだけれど、著者の言葉を借りると

『わたしは地元とは「なぜここは他所ではないここ」であるかということと、「ここにいる私はなぜあなたではなくほかならぬ私」であるのかの関係性の網の目みたいなものであると考えているのだが、その網の目にひっかかる「誰によってでも代替されない私が依って立つ場所」が私に取っての地元である。だから地元の食べ物は大変うまいし、誠にいとおしいと感じる』

とのことだ、確かに自分という関係性の中で知り合いがやってるバーであったり、中学の同級生のやっているクラブであったり、その関係で知り合った人がやっている店だったり、友人に紹介してもらった店だったり、そういう関係性の中でできた「自分だけの居場所」というのはとても居心地がいいし、いちげんさんの関係ではないので、あたたかい空気がそこに漂っているという面も大きく、やっぱりそこで食べるものはおいしいということだ。

これの対極にあるのがファーストフードやチェーン店の居酒屋、回転寿し、ファミリーレストランという場所だ。ものすごくたくさんの外食産業があるが、いずれも自分の居場所にならない。やたら多くの外食産業が出来ては消え、同じ場所にどんどん違う名前の店が入れ替わっていく。

かくいう私も毎週のように近所の回転寿し屋さんに行ってしまう。べつにその店になじみの大将がいるわけでもなく、応対してくれる人もどんどん変わっていくにもかかわらずだ。その店との付き合いはただ、自分たちの家族の食卓がそこに移っただけで、となりの席の人たちとしゃべるわけでもなく、自分ちで作るよりも多くのコストを払って家事を代替してもらっているだけのような気がする。

この本を読んでからというもの、そういう店よりも、地元のちょっとしたお好み焼き屋とかうどん屋に行くようになってきた。その場所で一家でやっている店というのが実はいいのではないかと見直してみるようになってきている。

日本人が最近どうもおかしいなと感じている根本がそこにあるような気がする。パパママストアが潰れて、大型スーパーに買い物客をとられるようになってきた頃から日本がおかしくなってきている。商店街はシャッター街に変わってしまい、昔は商店街をとおるたびに挨拶をかわすおっちゃんおばちゃんがいなくなってしまったことで、子どもたちもおかしくなっているのかもしれない。

昔は衆人環視の状況があった。ちょっと寄り道して帰っていると、それを見た近所の魚屋のおばちゃんが母親に告げ口したりして、悪いことができにくい状況だった。逆に良いことをしていても母親の耳に入るので、何もしゃべらなくても「お母さんはお見通しだよ」という雰囲気があった。

そこここに目があるのは鬱陶しい面も多いけれど、それ以上の人とのつながりを感じさせられる面も大きい。人と人との交流が極端に減ってきたことと、チェーン店の急増とは関係が深いと思う。

今更パパママストアの復活を叫ぶのは無理なのかもしれないけれど、インターネットによる個と個のつながりが増えてきた昨今、もういちどそういう暖かい「地元」というか新しい「コミュニティー」を作っていくことも可能になってきているのではないかと思うのだ。
(また、本の話から横道にそれちゃった…)
読書 | comments(0) | trackbacks(0)

人生で大切なこと


評価:
松下 幸之助,PHP総合研究所
PHP研究所
「人生で大切なこと」という松下幸之助さんの肉声CDを聴いた。

松下幸之助の肉声はテレビで何回か聴いた気がするのだが、こうして講演をCDで聴くというのは初めてで、なんだか不思議な感じがした。

というのも67歳以降の声なのに、ずいぶん若々しいし、ついさっき録音したのじゃないのかと思うくらい違和感のない話し方なのだ。40年ほど前の録音とはおもえないくらいはっきりとしている。

しかし、40年も経っても、企業人としてのありようはあんまり変わってないなあと思うのだ。「人生で大切なこと」はあまり変わってないなあと思う。

この本(というかCD)の中で一番気に入ったのが、第9話の「全力を尽くしたあとに」という話だ。松下幸之助が会社を始めた頃の話で、一日精一杯働いたあとの充実感がよかったという話だ。大企業の経営者として成功を収めたときよりも、初期の従業員が20人くらいで一所懸命仕事をして、そのあと行水をして一日の疲れを癒していたころが幸せだったというのだ。

自分のやるべき仕事に一所懸命集中してやること。これが最も大切だということだ。

ボク自身ここ最近なんだか仕事でむなしく感じていたのはそういう感覚だと気付いた。一所懸命集中できる仕事をしていないんだよな、今は。中間管理職になってしまい、仕事は部下にまかせ、どちらかと言えば調整だけをやっている感じ、本来仲間うちで一所懸命やるというスタンスでやってきたのに、今は少し離れた場所に自分がいるからだと思う。

役職が上がれば上がるほどそうなってしまうのだけど、やはり、自分の責任の範疇で仕事に没頭したいと思ってしまう。自分の力のおよぶ仕事がやっぱり面白い。

経営者でもなく、現場でもない、中途半端な役職は全くおもしろくない。こういうことなんだろうと思う。

全力を尽くせるように、小さくとどまらずに、明日から好きにやっていこうかなと、今日はこの本を読みながら(聴きながら)思い直したのでした。 
読書 | comments(0) | trackbacks(0)