はじめに言葉ありき

今日、長男の高校生活最後の文化祭を見に市川の筑波大学附属聾学校に行った。

高校3年生の学年会の映画は「つながり」っていうタイトルで、自分たちの「大学入学後の不安」「就職の不安」「障害を抱えて生きていくことの不安」をどうやって克服するかを描いた作品ですごく良かった。

主人公たちがいろんな不安を抱え悩みながらも、先輩たちの大学生活の苦労話や就職後の失敗談を聞いたり、普通中学校にいた時に当初は障害を意識してもらえなかったが、ある女の子が「手話」を勉強し、仲間たちもみんな手話を覚えてくれたことで世界が変わった体験を語ったりすることで、自分たちから障害のことを理解してもらうために、悩んでないで一歩踏み出そうと決意するお話。

ろう者の場合、人を呼ぶときに相手の肩をトントンと叩くのが普通だが、大学で女の子にいきなりろう者に対するのと同じように肩を叩いて驚かれた話など、ろう者と健聴者の文化の違いがある話はなるほどなと思った。そういうことの一つひとつが誤解につながるし、完全に聞き取れてないのに曖昧な返事をしたことで失敗し、信頼を失うというような話はよくあることだと思った。

僕も聴力が弱いので職場などでも誤解されることが多いが、全く聞こえない彼らは本当に生きていくことがつらく感じることがあるだろうと思う。

映画の中で何度も「コミュニケーション」という言葉が出てきた。メールや字幕などが一般化してきて、だんだんとろう者にとって便利な世の中になりつつあるが、仕事の基本はやっぱりコミュニケーションであって、コミュニケーションによる相互理解がないと仕事にならない。

ヨハネの福音書の冒頭に「はじめに言葉ありき」というのがあるが、言葉(ロゴス)が先にあり、言葉なしには思考もできないし、思っていることを伝えられない。

聴覚障害というのは見た目は普通で障害者という感じではないのだけれど、言葉を音声として保有していないことにより、言語学的に言うところの「聴覚映像(聴いたことを脳に思い浮かべること)」を獲得できず、「視覚(手話・文字)映像」でしか物事を捉えられないため、何かを考える際には文字としての言葉でしか考えられないという厄介な障害なのだ。

健聴者の場合、黙読していても音声が耳に聞こえるし、今こうやってブログを書いている時も脳の中で喋りながらキーを叩いている。このことがうまくできないのがろう者で、音声が少しでも子供の時に入っていると手がかりがあるのだが、生まれてずーと手話だと音声が入らないままになってしまう。

だからこそ、聴覚障害者はすごく「言葉」を大事にし、丁寧に扱う。

一方、今の日本は政治家も経営者も若者も総じてとても言葉が軽い。聴覚障害の高校生が映画の中で「コミュニケーション」の大切さを訴えている傍らで、世の中はどんどん「コミュニケーション不全状態」に陥っている。特に民主党政権などはひどいもので、究極の「コミュニケーション不全首相」の鳩山、菅が去った後も結局同様で、明日にもG20で誰も納得していない消費税増税やTPP交渉を始めるということを言うらしい。この国のコミュニケーションは一体どこに行ってしまったのだろうか…?

と、話がそれたので元に戻すが…、
ホントに映画はよく出来ていた。エンディングは奥華子の「太陽の下で」で歌詞がすごくイイ。

 明日へと続いてく道があるから 歩いて歩いていけるんだ
 何気ない毎日の笑顔があれば 僕らは繋がってゆける 太陽の下で

とか
 
 歩き疲れて立ち止まっても 信じる道をあきらめないで探しに行こう
 未来へと続いていく道があるから 何度も何度もいけるんだ
 同じ星 同じ時 同じ力で 僕らは繋がってゆける 太陽の下で

という感じで、この曲にあわせて学年全員で手話で歌うのだが、曲が聞こえない彼らがピシッとそろえて手話で歌う様子は、もっと多くの人に見てもらいたいなと思う。

で、映画を見ながら、聴覚障害を持つ彼らが抱えている大学生活や就職活動の不安はとても大きいのだけど、普通の大学生だって将来には大きな不安を抱えているという点は同じだなとも思った。

今の日本はすべての人が言い知れぬ不安を抱えて生きている「生きる意味」を見いだせない社会になってしまっている。

この映画では一歩踏み出すために「つながり」を大切にしたいというところをクローズアップしていた。今日の文化祭にも数多くの同窓生が来ていたが、ろう者のコミュニティは我々健聴者よりも強固で団結力が強い。同じ苦労をして生きている分、大人になってもずっと友達関係が続いている。そういう意味では困ったことが起きてもお互いに助け合う風土ができているし、そのコミュニティに所属していることが「生きる意味」をもたらしていると思う。

ここのところ、急速にfacebookが広まっているのも、誰もが皆「つながり」を求めている証拠だと思う。不安を癒し、新しい一歩を踏み出すためにも「コミュニケーション」がこれからの時代は大切なのだということだよな…。

と、長男の映画を見ながら、そんなことをふと感じたのでした。

いや、ホント良かった。あの映画。。。(シナリオ原案がうちの長男らしいし…)

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iPhoneからJugemブログの更新

iPhoneアプリからブログを更新できるようになったので、つぶやきの延長でブログも更新してみようかなと…。

それにしても、人生山あり谷ありだなと思う。
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空気に流される国民

評価:
山本 七平
ビジネス社
コメント:昔読んだ本。また読み返しています。

「反原発」の空気で原発の再稼働が止まっている。

日本人は昔から空気に流される国民だ。今回も将来的には正しいと思われること(=反原発)を声高に主張し、反原発でない人(=空気を読めない人)を非国民扱いするという流れになっている。

今回のその空気を自分の延命に使う首相は、小泉郵政の時の手法を使おうとしていると言われている。小泉郵政の時も「郵政民営化」ということがどういう影響をもたらすかが国民はわかっていないのに、当時のグローバルスタンダード(=新自由主義)でもっとも重視された「競争」「民営化」という正しいと思われていたことに対して「そうだ、そうだ」と同意して、郵政民営化に反対する人たちを非国民扱いした。

しかしながらあれから5年。郵政民営化ってなんだったんだろう?と思う人が多いのではないか?なんとなく「民営化」だからいいんじゃないのレベルで人々の興味は失われ、今は「郵政民営化」は忘れ去られ、目下のテーマは「反原発」なのだという空気に変わってきている。

山本七平の「日本資本主義の精神」の冒頭にも「日本の社会を動かすのは「見えざる原則」であり、その「見えざる原則」に触れないのが日本の原則」と述べている。「日本の場合、これは一種の「ホンネ」として、互いに口にしないということもまた「見えざる原則」になっているのだ。(中略)…この「見えざる原則」のもつ諸問題を明確に表に出さない限り、現実には何も解明できず、何も解決できないはずである」と論破している。

場の「空気」とは違う論理で話をすると「空気を読めないヤツ」「場違いなヤツ」というレッテルを貼られてしまう。レッテルどころか、現在の「反原発」の空気の中で「原発は必要なのではないか?」ということは口が裂けても言えないのが現状だ。非国民扱いされてしまうからだ。

「反原発」という大きなテーマでなくても、最近は「正義」を何がなんでも全面に押し出して「職場で野球賭博なんて何を考えてるのだ」とか「原発の広報担当者が不倫とは何事か」とか、そういう些細な事を徹底的に突いて来ては該当者を排除しようとする人のなんと多いことか?

職場でのコンペの馬券とかレクレーションの一環で僕らも良くやった。それが新聞沙汰になることなのか?なぜそれがキッコーマンの工場の人たちの場合は一口500円でなぜ犯罪になるのだろうか? あと、例の原発の広報マンだが、不倫は確かに良くないことだけれど、何も関係の無い人たちが電話をかけまくって、職務を引きずり下ろす権利を持っているのだろうか?

最近の日本社会は、いわゆる街のハズレの「路地裏」や、「遊び」の部分が無くなって、ものすごく窮屈な社会になって来ている。

それもこれも正義を最優先した「空気」が優先するようになっているからだ。

戦争前も同じような感じだったと思う。アメリカやイギリスから石油のラインを止められ、戦争が必然になって来ているときに、憎き米英を鬼畜と呼び、何がなんでもアメリカと一戦を交えるのだという「空気」がこの国に蔓延していたはずだ。その「空気」に背いて戦争なんかするべきでないという言論人は排除されていた。「空気」に反するからだ。そういう国なのかも知れない。

日本は話し合い第一主義、戦争を嫌う温和な国民という良い部分もあるはずなのに、ひとたび理不尽な対応が起こると過剰反応を起こし、正義を旗印にした過剰な「空気」が必要以上にエスカレートしてしまう。

そういう歴史を思い起こしながら、現時点の「反原発」の「空気」を見直す必要があると思う

確かに「反原発」は正しい道筋だと思う。が、電気が無くなっても、電気料金が暴騰しても何がなんでも「反原発なのだ」というのは、いささかクレージーな対応ではないのだろうか?

北朝鮮のようにしょっちゅう停電しているような国でいいのか?電気料金が暴騰して国内の工場がひとつもなくなってもいいのか?そういうことを度外視してでも原発反対なのか?と自問する必要がある。

福島の事故がなければ、普通にどこの原発も再稼働していたはずだ。そもそも停めても可動させても同じことなのだ。停めていても核燃料は冷やし続けなければならず、ひとたび大津波が来て全電源が喪失してしまえば福島第一原発と同じことになってしまうのだ。冷静に考えればわかることだ。「稼動させても、停止させても、そこに原発(核燃料)がある限りどっちみち同じなのだ」ってことが。

なぜ、このみんな知ってるはずの事実を横に置いて、「反原発」を声高に主張するのだろうか?それが日本の(本当は見えているのに)「見えざる原則」にふれないという原則が効いている証拠なのではないだろうか。

新自由主義がはびこりだした15年くらい前から、「勝ち組」「負け組」という感じで何でもかんでも2極に色分けするようになってきた日本人。「行列ができる法律相談所」が流行りだした頃から、ものすごく小さなことでも「訴えてやる!」と平気で言うようになってきた日本人。

その上、「空気」に流されやすい日本人が、今大震災のあとの「原発」という人災の影響で、ますますその傾向を強めてきている。

そんなこんなで、戦前の空気に似た、「怒り」の空気が日本に蔓延していることがここのところ非常に気になっている…。大丈夫なんだろうか?この国は…。
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「下流の宴」を見ながら思ったこと

評価:
林 真理子
毎日新聞社
コメント:NHKのドラマの黒木瞳が役にハマっている。

NHK火曜日の夜に放映中の「下流の宴」が面白い。

医者の娘として厳格に育てられた主人公(黒木瞳)が子育てに失敗し、溺愛していた長男が進学校を中退し、フリーターになったあげく、同じくフリーターの下流(と黒木瞳が考える)の女と同棲するという設定。

その女に向かって、「住む世界が違う」と罵ったことで、「じゃあ、医大に合格すれば結婚をゆるしてくれるのでしょうか?」と反論するという段階が先週までのストーリー。

もうあまりに面白いので、原作の方を先読みしてしまった。ということで、結論は知っているのだが、ネタばれになるのでその先は止めておく。

しかしながら、このドラマを見ながら考えさせられたことが一つ。僕らが考えていた「出世コース」というのが実は虚構だったということをあらためて考えさせてくれたということだ。

僕らの子ども時代は高卒の両親に育った子ども達が大半。大学を出ている親というのは数えるほどしかいなかった。僕が育ったのは大阪郊外の新興住宅地で、ほとんどが戦後の集団就職で田舎から大手の鉄鋼会社に就職してきた人達ばかりが集まった住宅地だった。

当然、親は「せめて大学を出ていい会社に就職して欲しい」と願った。何故なら親父よりもはるかに頭のキレが悪いのに大卒というだけで上司になっている人達が多くいたからだ。学歴差別が歴然としていた時代なのだ。だから素直に親の言う通りに大学に行って、いい会社に就職した。

しかしながら僕らの世代までくると、今度は入った会社に高卒が一人もいなくて、学歴差別もなにもない。良い会社に行けば行くほど競争が激しくなり全然楽しくなかった。そうこうするうちにバブルがはじけて成果主義が蔓延してきて人を使い捨てにするようなくだらない会社になってしまった。

思えば僕らの人生がこのドラマそのものなのだ。主人公の黒木瞳の旦那もいい会社の部長だったのだが、結局リストラされてしまう。

高度経済成長期には会社員は「サラリーマンは〜気楽な稼業っとキタモんだ〜♪」なんて唄われていて花形の仕事だったのだが、今じゃ本当に不安定な職業になってしまった。年間3万人もの自殺者があふれる異常な国家の原因が会社なのだ。

成果主義の時代なので、部長になったからといっても全然安心できない。くだらない社内競争の中に放り込まれ続けるのだ。神経をすり減らして出世競争にたとえ勝ち残ったとしても60歳を過ぎればお役御免になってしまう。

一方で大学に行ってなくても手に職のある職人たち、すなわち、大工、木工職人、家具職人、パン職人、パティシエ、美容師、農家、デザイナー、整体師などは60歳どころか80歳になっても現役を続けられる。

毎日満員電車に揺られて、遅くまで働いても仕事の意味が見いだせない。人生の意味が見いだせない。「会社って何だろう?」と強く感じてしまう。

だから子ども達には絶対に会社員にならないようにと厳命した。長男は芸術家の道に進もうとしている。良いことだ。

なんだかんだで人生を折り返してしまった。今までは失敗の人生だったけれど、残りの人生をなんとか世の中の人々の為に尽くしたいと思っている。小さな会社という世界で足の引っ張り合いをするのはバカらしくてやってられない。

とはいえ、長男の大学大学院、長女の高校大学の費用を捻出しなければならないという足元の問題もあり向こう10年はサラリーマンを続けざるを得ない。思えば苦難の道を選んでしまったけれど、これもまた人生。

来てしまった道を悔いても仕方ない。これからの道をより良いものにしていくしかないのだ。本を良く読み、良い人達と話をし、仲間を作って行こうと思う。
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上田紀行先生の講演会を聴いて考えたこと

金曜日に「アシストソリューション研究会定例会」が開催されゲストとして東京工業大学の上田紀行先生の講演があった。

上田先生は「癒し」という言葉を広めた方で、「生きる意味」「目覚めよ!仏教」「かけがえのない人間」「「肩の荷」をおろして生きる」などの著書で有名な人。

講演はメチャメチャ面白く、語られている話がすっと心に入ってくる。「そうだ、そうだよ」と思う話ばかりだった。10年以上前からずっと企業における「成果主義」の問題を感じていたのだけれど、先生のようにストレートに「日本人にはあわない。」「間違っている。」とズバッと言ってもらえると救われた気がした。

話のポイントとしては、前半は現在の日本の状況の話として、
「日本人は状況を作るのが苦手」
「与えられた状況に最適化するのは得意」
「今は第3の敗戦〜信頼の喪失、安全の喪失」

という話だった。確かにそうだと思った。日本が戦後急成長したのは、欧米に追いつけ追い越せという流れの中、欧米の製品をリバースエンジニアリングで改良改善していき、徹底した品質管理を行ったことで信頼を勝ち得たということで成長を続けてきた。80年代後半までは高度経済成長ということで良かったが、いざ世界一の経済大国になった途端に勢いを失った。お金の行き先がなくなり、不動産と株式にお金が流入し、それに実体経済がついていけずについにはじけてしまった。

失速の原因は見本となるベースがなくなったからだ。欧米に追いついてしまったのだ。それから以後20年間いまだに一回も回復しないまま日本は漂流を続けている。

目標を見失っただけでなく、日本の良さも全部かなぐり捨てて、アメリカ流のマネーゲームや成果主義、コンプライアンス、など表面的なものだけを取り入れてなんとか逆転をしていこうと試みたが、結局、日本の風土に合わず、いまだに浮上しないままだ。

そのことで経済が落ち込んだだけでなく、時期を同じくして、戦後日教組が組織的に行ったある種の反日教育で、日本人にとってとても大事な道徳心を捨て去り、戦前の日本を否定する、つまり日本に誇りを持てない子ども達を社会人に送りこんできている。

今の20代は一度も経済成長を経験せず、「日本は世界一なんだよ」という自負をもてないまま、その上、教育で先祖を否定され、日本に誇りを持てないまま育ってきている。そんな人達が会社に流入してきている。もうめちゃくちゃだ。

しかも今の政府はそういう子ども達を育てた忌まわしい日教組が支持母体の民主党が握っている。経営者の批判ばかりしていた労働組合も支持母体である。そんな政党が日本を引っ張っているのだ。うまく行くわけがない。

経済が落ち込んでも昭和40年代50年代は企業経営者が私欲なく頑張っていたが、今はその肝心の企業経営者もオーナー企業を除けば、事なかれ主義のサラリーマン社長ばかりになっている。冒険をしないし、度胸もない。私利私欲ばかりの我利我利亡者ばかりだ。そもそも修羅場を一度もくぐったことがないまま、おべんちゃらとゴマスリだけで地位を得た人が経営をしているのだ。今の大企業に未来などあるはずがない。会社もダメ、教育もダメ、子どももダメ。それらすべてがミックスされ複合的な自信喪失につながっている。

ただ、まだ未来に希望があるとすれば、若者の中で日教組教育に毒されずに僕らの世代の意見に賛同する層が少しずつ増えていること、僕らの年代がようやく経営陣に近づいてきたことの2つがある。

今は最悪だけれど、あと2年くらいすれば、改善の兆しが見えてくると信じている。

日本は底力のある国。なんとかもう一度、日本の再生を信じて努力していこうと思う。そんな意欲を今回の講演で得ることができた。ぼんやりと日常に埋没するのではなく、自ら発信していかねばとも思った。

思ったらやらねば、ということで、その第一弾として、昨日、友人と日本の歴史から考える組織論を論文としてまとめようではないかという話が出た。

つまり、日本は歴史的に見ても「話し合い至上主義」。十七条憲法にも「和」を大事にすることが書かれている。その国民性と今の成果主義をはじめとしたグローバルスタンダードが全くそぐわないという点にフォーカスした組織論を論文化するということだ。

新しい日本を創って行くためには、日本の文化に根ざした組織に編成しなおし、ものすごく一人一人が頑張れる、頑張っただけ豊かになれる社会。コミュニティを複合化し、仕事も充実、休日には複数所属するコミュニティを通じて余暇を楽しむ、充実した余暇を過ごすための施設、場所、ムラをどんどん整備する。そうやっていろんなところで経済が回って行く、そんな国を目指して行きたいなと思うのだ。

9時に出社して17時に帰るという画一的な社会人を減らし、働きたい時には猛烈に働き、遊びたい時には遊ぶ、寝る間も惜しんで仕事をしていたと思ったら、知らぬ間に寝ている人たち。めまぐるしく無茶苦茶働き遊び回る人々が多い、そんなエネルギッシュな社会にできないかなと思うのだ。

あ…なんかまた話がめちゃくちゃな方向に行ってしまったなあ。。。
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いわきに行ってきた

ずいぶんブログを更新していなかったけれど、ぼちぼち書いていこう。

週末にサーバの入替のため、福島県いわき市に行ってきた。
福島原発から40km以上離れているのだけれど、風評被害で一時、人がいなくなったと聞いていたので、 さぞかし道はすいているのだろうと思いながら空港から車を走らせた。

高速を降りていわき市内に入ると、あれれめっちゃ車多いじゃん。ちょっと渋滞してたりする。結構普通の町だ。誰だよ人がいなくなったなんて言ってたのは…。

いわき駅前の大型施設も普通に営業をしており、なんだか拍子抜け。なんのこっちゃ。
車も結構停まっている↓
いわき駅

放射線量についてもいわきは郡山市よりも低く、1時間あたり0.2マイクロシーベルト。ま、確かに通常状態の0.04マイクロシーベルトよりは高いのだけど、目に見えないものなのでさっぱり実感がわかない。昔の光化学スモッグは異常にまぶしかったので体に悪いのがすぐにわかったけれど、放射線だけはわからない。常に表示しておいて欲しいものだと思った。

一旦ついたイメージはなかなか抜けないのだけれど、マスコミは異常状態については報道するのだけど、復興状況までは報道してくれない。こんなに復興していますというのはニュースにならないからだろうか?

100ミリシーベルトでも、発ガンは肥満より低いなんて記事がありましたが、徐々に風評被害がなくなることを期待します。


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明けましておめでとうございます

新年明けましておめでとうございます。

「今年は毎日毎日を充実させよう」という目標でいきたいと思う。まあ、毎日結構充実してるけどね。

ということで、新年早々、ウォーキングからスタート。7時に起きて、7時半頃家を出て、いつもの1時間ウォーキングコースを歩く。

途中、大仙公園という仁徳天皇陵前の公園の中を通るのだけど、この公園はいつ来てもなんだか心が落ち着くんだよね。風景もきれい↓

大仙公園2011元旦
大仙公園2011元旦 posted by (C)midwave

ということで、朝からウォーキングしたのだが、その後、実家に行って、またまた食べ過ぎ。夜はズワイガニのしゃぶしゃぶで、かに雑炊まで食べたので、今腹が苦しい状態。

ううん、今年は毎日充実させようと誓ったのに、初っ端から、食生活だけが充実している状態になっているのだ。。。
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友人の息子さんの告別式

土曜日、友人の息子さんの告別式に参列した。

21歳。そんな若い人のお葬式に出たのははじめてだった。兵庫県豊岡市で10時からのお葬式に間に合うように路線案内を探すと、なんと4時半に家を出なければならない。前日10時まで大津で飲んでいたので睡眠時間は3時間。寝ぼけ眼のまま家を出る。家から大阪まで1時間。大阪で30分も待ってそこから各駅停車で50駅だ。

がたごとと各駅停車に揺られ、朝方からの気温の急上昇からか霧でちょっと先も見えない丹波路を北へ向かった。

大阪から2時間、福知山で乗り換え、更に1時間北へ向かうと「こうのとり」で有名な豊岡市に着く。

福知山を越えた辺りから、このゆったりとした雰囲気に慣れて、普段なんでこんなにセカセカと生き急いでいるんだろうと反省した。のんびりしてれば、多少の諍いはすべて小さなことなのだ。

そんなこんなで告別式会場に到着。実はこの息子さんは重度の障害があり、寝たきりの人生を余儀無くされていた人なのだ。私の息子も聴覚障害児なので「お互い大変ですね」などと話をしていたのだけれど、大変の度合いが全然違った。知的障害もあり、常にベッド状の車いすで移動しなければならないので母親は常に付きっきりの状態。友人も東京での会社生活を辞めて、故郷の豊岡に本社のある会社に転職し、この長男のために一泊以上の出張もせずに奥さんと交替で面倒を見て来られていた。

そんな状況を全くおくびにも出さず、いつもニコニコしている友人の顔からはそんな苦労は全然わからなかった。奥様も一度お会いしたことがあるのだけれど、いつも笑みを絶やさない素敵な奥様だった。

が、この日はずっと泣きはらした目尻が下がりかわいそうなくらいの状態だった。

告別式会場の前には「わたちゃん、生まれてきてくれてありがとう。ずっと、ずーと大好きだよ」と書かれた書が掲示されていて、机には生前好きだった絵本「花さき山」や折り紙や、「しあわせ」と書いた書などが飾られていた。特に友人と一緒にヨットに乗った写真に映った顔がしあわせそうで余計に涙を誘う。フォトフレームも置かれていて、生まれてから今までの写真を次々に映し出す。

会場には地域の特に療育センターの関係の方々を中心にとても多くの地域の人々が参列していた。弔辞では養護学校の先生だと思うのだが、我が子のようにその息子さんの死を悼んでいた。中でも知的障害児の通常学校の道を切り開いたという話もあり、友人一家がこの地域のこういった子供達の支援の中心人物だったようだ。

子供の頃から手術を繰り返してきたそうで、何度も行ってきた手術に今回は絶えられなくなったのか内蔵が突然破裂し、帰らぬ人になったとのこと。

とても悲しいことなんだけれど、告別式会場は穏やかな空気が流れていた。何故なのかわからないのだけど、結婚式のような心地の良い空気が流れるのだ。葬儀の最後に、生まれてから今までの写真が前に映し出された。写真と一緒に朗読も行われる。その風景が「フランダースの犬」の最後のシーンのように天使が舞い降りて、天国につれて行くような風景と重なり、悲しいんだけれど心が洗われるような気がした。

出棺の前にお顔を見たのだけれど、本当に良い笑顔で亡くなられていた。笑顔の死に顔ははじめて見た。両親の絶え間ない愛情に支えられて「本当にしあわせでした」と言っているようにも感じた。お葬式なんだけれど、とてもありがたい式に参加させてもらえたと思う。

お葬式で今まで泣いたことはないのだけれど、フォトフレームや最後の映像を見て、はじめて涙がとまらなくなった。

こういう家族もいるんだなと思うと、仕事に優劣をつけることの愚かさや、忙しなく生き急ぐ生活のバカバカしさをあらためて感じてしまった。

ゆったりと愛情いっぱいの中で育つ人間は本当に美しい。1時間に一本しか来ない駅での暮らし、田舎のおおらかな土地に生きる生き様を見習いたいなあと感じた一日だったのでした。
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