海外に行くとやっぱり日本がイイなと思う

今年の夏頃から仕事が激変し、海外出張が続いている。

先月末は2週間アメリカに滞在したが、そこで感じたのはやっぱり日本がイイなということだ。

具体的に言うと、日本は「ウォシュレットがある」「レストランの店員のサービス態度がイイ」「コンビニがいっぱいある」「電車網が充実している。電車と徒歩でほとんどの場所に行ける。」「スーパーの品ぞろえがすごい」「おみやげものがいっぱいある」 といった細かいことなんだけど、生活をし始めると途端に感じるが、アメリカにいると何だかすごく不足感がある。あれもないこれもないという感覚に陥る。お好み焼きを作ろうと思って買い物したのだが、包丁一つまともなのがない。まな板もない。お好み焼用ソースがない(これはあたりまえ)。

AppleやAmazonがすごいサービスを考えついているが、どちらもアメリカだと不足感が大きくて、それを補うために発案できているのかもしれない。CDを買ったり、本を買ったりということが面倒だったんじゃないかということだ。

日本だと、会社帰りにちょっと買い物っていうのが簡単にできる。とにかく日本のお店はものすごくたくさんのものが詰め込まれている感じだ。

ANAの国内線で今月は「詰める」ということをテーマにお弁当箱の話やキディランドやお土産物屋のような店では、ありとあらゆるものがものすごくたくさん展示されているということを機内番組で流している。デープ・スペクターが日本の良さを語っているんだけど、外国人から見ても日本は良い国だと思うんじゃないだろうか?すごくモノやサービスが充実しているからだ。先日海外から日本に来たアメリカのITのチーフが「ヨドバシカメラ」と「東急ハンズ」に感動していた。まあ、確かにものがいっぱいあるもんね。

しかし、日本人はあまりに充実しているのでそこに安住してしまっているという気がする。人間はハングリーでなければ成長しない。つねに不足感を感じて新しいチャレンジをしていかなければいけないと思う。

アメリカの場合、テレビなどは自国生産をしていない。ほとんどのテレビにLGかSAMSUNGのロゴがついている。日本はそれをがんばってやろうとして価格競争で負けている。そのあたりは割り切っているという感じだ。

でも、かといって日本企業が生産をやめるべきだとも思えない。日本独自の技術を追求しなければイノベーションはできないからだ。製品ラインナップを変えるということだ。現状の問題は商品のレパートリーと集中投下すべき商品の選択を誤っているだけだと思う。

パソコンやテレビのようにパーツの組み合わせでできる商品で新興国に勝とうと思ってもそれは勝てなくなっている。円が異常に強いからだ。そういうのは新興国にまかせてしまっていいと思う。日本がやるべきことはもっと違う付加価値の高い商品を作るということだ。それがAppleでありAmazonの戦略なんだと思う。

ということをつらつら考えながら思うのは、日本の大企業に属している人では、もうこれからの世の中に太刀打ちできないかもしれないということだ。大企業の中にいては社員はあくまで「労働者」という位置づけでしかなく、経営者自身もサラリーマンであり、リスクを取って博打ができない人ばかりになっているからだ。

イノベーターを発掘しようという気が経営陣にないので、当然イノベーティブな製品はできるわけがない。現状改良型で今まで日本は戦後頑張ってきたが、そういうことは韓国のほうが得意になってきている。日本は先進国として一歩先を行かなくてはいけなくなっているということに気づいていない。ステージが10年前くらいから変わってきているのだが、日本企業はいまだに新しいステージに適応できていない状態になっている。

それに輪をかけて「人事制度」のあやまりが是正されていないことが問題だ。「成果主義」では「成果」は出ない。それに早く気づくべきだ。成果主義のおかげで、技術を大事にすること、年長者を大事にすること、家族的な経営という日本的な一番重要な根っこの部分が壊れてきてしまっている。これはとても問題だ。

テレビを見ていると訳知り顔でこれからは「モノづくり」ではなく「金融」だとかいう馬鹿な評論家がいる。そんなわけはないだろう。AppleやAmazonが金融なのか?? やっぱり新しい「技術」が重要だと思う。儲からないかもしれないけれど、これからは新しいことにチャレンジする人を評価する人事制度に変える必要がある。一見無駄なことが重要だと思う。

日本人の中にはすごい能力を持っている人がいると思うのだ。企業がそういう人たちの芽をつんでいる気がしてならない。従来の発想からは考えつかないものを考える人がいるはず。そういう人を大切にし、自信をもって新しいことにチャレンジしていく国に変われば、日本も復活すると思う。

従来のやり方に固執するのではなく、それでいて捨て去るのでもなく、伝統を重んじつつ、伝統の延長線上に新しい階段を積み上げていくのが日本式の経営だと思う。

先日伊勢神宮の式年遷宮を調査しに、実際に神宮に行ってきたが、昔からの伝統を大切にし、従来の方式にこだわりつつも時代に応じて新しい技術を導入していることがわかった。式年遷宮とはは20年に一度、伊勢神宮の外宮内宮のそれぞれの建物と、別宮の建物や各種装飾品、橋までも付け替えるのだが、建築技法や和釘づくりや飾り職人などそれぞれの「ワザ」を継承していくために20年毎に行なっている。一見無駄なことのようだが、毎回の建築作業の中にも新しい発見があり、技を継承していくと同時にイノベーションが起きている。

日本的な文化として「残すべきところは残し、変えていくべきところは変える」という取捨選択をし、他国に惑わされず、自信を持ってチャレンジしていくことが大事だ。現状のような豊富なモノやサービスがあることに安住するのではなく、「常に良い物はもっとある」という考え方でさらなるイノベーションを起こしていく国が本来の日本の姿なんだと思う。

「現状維持はゆるやかな衰退」である。来年こそは日本飛躍の年にしたいものだと思う。
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インフレターゲットの設定は必要

アメリカ出張1週間になりますが、相変わらず英語には慣れず、カタコトの発音でなんとかしのいでいます。もっと英語を使う機会を作り使うことが大事だなと痛感している次第です。とにかく実践しようということで、再来週に海外のIT担当者を集めた会議で1時間くらいプレゼンしてみようと今資料作成中です。 (時差ボケで昼夜逆転中)

それはそうと、アメリカ出張前にいきなりの解散が発生し、日本は今頃政治一色ですね。その後維新と太陽の党の合流などめまぐるしく変わっており非常に流動性を増してきたかと思います。が、この中でも自民党安倍総裁が主張した「インフレターゲット導入」は非常に重要なことかと思います。

私も今までブログの中で何度もインフレターゲットの重要性にふれており、安倍総裁の2%〜3%のインフレターゲット設定は全面的に賛成します。マスコミによる安倍おろしの印象操作は激しさを増しており、日経新聞でも、「もともと円安のトレンドだったのだ」とか言ってますが、急に円安、日本株高の流れを引き起こしたのは今後与党になる自民党総裁の発言だったからというのが非常に大きく、チャートはそういう発言に反応するものなのです。

経済はそれほど感情に左右されるものであり、人間の感情の総和が景気の向上を生むと思っています。それだけに日本の今の閉塞感を打破するためにも日本の明るい未来を大物が「言う」ということが重要だと思います。で、国民全体が未来に希望を持てるようになれば日本も復活すると思うのです。

20年もの間ほとんど実質経済が伸びていないにもかかわらず、日本がいまだに世界第3位のGDPであることは誇りをもってもいいと思います。これでインフレターゲット通りに経済成長すればまた80年台の頃の誇りある日本に戻れるような気がします。

ということで過去の「インフレターゲット」について書いてあるブログエントリーを紹介します。(特に2009年12月6日の「日本はなぜ同じ失敗を繰り返すのか?」がオススメです)

2009年08月28日 本当に必要な政策 
2009年09月03日 大きな政治の転換
2010年12月19日 衰退する日本経済?
2012年01月30日 消費税は言語道断

ということで、早く景気回復に向けて始動して欲しいと切に願うしだいです。

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事実と根拠、どちらも疑う

クリティカルシンキングってのを習った。

問題点(イシュー)があって、その問題の原因・根拠の枠組みを3つくらい考える、その根拠から導きだされるものを分解し、「だから、どうなの?(So What)」と考え、重要な対応策(打ち手)を考える。

考え出されたものがホントに根拠と整合性があるのか再確認(Why?True?)し、打ち手を絞り込んで行く、というやり方なんだけど、なかなかうまく根拠を分類したり、有効な打ち手がみつかりにくい。

でも、あらゆる問題を考えて行く上でWhy? True?と問いかけてみるのは良いことだと思う。トヨタ方式の中に「5回のなぜ?を繰り返す」というのがあるが、まさしくクリティカルシンキングの考え方だと思う。

先日、若手の方々と仕事のやり方について議論する機会があったのだけど、「事実」と「原因」がごっちゃになっているケースが多い。

例えば「朝起きれない」っていうことが、問題点なのか事実なのかをはっきりさせないと議論は進まない。

あと、思考過程がなく、いきなり「打ち手」だけが出てくるのも多い。

正義を振りかざして、なんでも反対みたいな極論が日本では多いが、それは単に思考が停止しているだけで全く問題解決(ソリューション)になっていない。

原発問題も領土問題も安全保障問題も理想を掲げて極論に走るのは簡単だが、まずは事実をきちんと押さえて、現実的な打ち手を考えることが大事だと思う。

世の中に出回ってることに「ほんまかいな?」とまず疑うこと、考えた対策が「ほんまに出来るんかいな?」と検証すること。こういう批判的で冷静な思考がとても大切だと思う。
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ノマドワーキングのすすめ

日本の会社の机の配置は、窓際に役員とか部長が窓を背にする配置になっていて、メンバーは島形式の机に座ってるって形が今も多い。なんか狭苦しいし、他の人の電話の声が気になるし、内緒話はやりにくい。

一方、海外に行くと、部長は専用の部屋があり、部員はブースに仕切られた場所で、結構ゆったりとした空間で仕事をしている。

海外出張にいくたびに、ちょっと羨ましい感じがする。日本の形式はルーティンワークには向いているけれど、クリエイティブな仕事にはどうなんだろうと感じる。

最近はやってるのは、カーブした大机に自由な位置で仕事をするという形式。これなんかだと近くの人と話しやすいし、気軽に横に行って相談したりするのにも向いている。昔みたいに資料を脇机にどっさりファイリングしないと仕事してる気にならない人には向いてないけれど、今やパソコン一つあれば資料なんかいらないんじゃないかと思う。

ちなみに僕の机の引き出しには名刺と文房具と本しか入っておらず、資料は一切合切サーバに保存している。

個人的に理想的なのは、仕事は好きな時に好きなところでやって、打ち合わせの時だけミーティングルームに集まるって形がいいのではと思っている。

ヘルプデスクとかコールセンターとか事務センターみたいな仕事は専用の場所がいるかもしれないが、その他の仕事に専用の場所がいるのだろうか?

先日、ITの集まりで社内のWANはもう必要ないのではという議論があった。インターネットのセキュリティをちゃんと確保すれば専用の回線ではなくて、普通のインターネット回線で十分なのではという議論だ。

それが実現できれば、会社のパソコンを使うのではなく、自分の持ってるパソコンとかタブレットで仕事ができるし、場所も決められた場所である必要がなくなってくる。会社はさっき言ったような各種センターのインフラのみを整備すればよいだけになって、普通の仕事の人はどこでも何時でも仕事ができるようになる。残業という概念もなくなるし、遅刻も、通勤ラッシュもなくなる。

ノマドワーキングという働き方だ。

営業の人達は今もこれに近いと思うけれど、会社に帰って経費精算とか日報入力しないといけなかったりして、無駄な現場と事務所の往復が発生している。これを完全になくすことができる。事務所もミーティングスペースさえあれば良く、コストも削減できる。

ただ、人は子供の頃からそうだけど、集まってみんなが見てる中でやらないと、ダラダラ怠ける生き物なので、スケジュール上のチェックポイントを事前に設定して怠けないような工夫は必要だとは思う。

いま、親父の介護をカミさんに任せきりなんだけど、ノマドワーキングになれば、朝から僕が病院の近くで仕事して、昼頃オヤジの世話をして、夕方会社でミーティングっていうような仕事の仕方が出来て介護問題が一気に解決する。こういう問題って今はかなり多いんじゃないかと思う。介護疲れで鬱病になる人もいると聞く、誰かに偏ればシンドくなる。仕事も家庭もみんなでシェアすれば結構楽になる。

兼業主婦の割合が50パーセントを超えてるらしい。もうそろそろ、昔ながらのお父さんは会社で家は奥さんという図式を捨てて、新しい働き方を模索するべき時期に来てると思うのだ。
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家族的経営がやっぱり理想的

昨日の昼休みに銀行時代の話をしていて、急に徳島支店のことを思い出した。徳島寮の売却話をしながら、15年くらい前に行った支店のことを思い出した。

当時、パソコン研修で徳島支店に行ったのだが、そこの古参の職員に過去のアルバムを見せてもらった。

そこには阿波踊りの写真がいっぱいあって、「これ銀行と何の関係があるんですか」って聞くと、なんと、踊ってる人達が全部会社の人達だったのだ。当時は企業連という形で支店のメンバー総出で阿波踊りの連を出していたのだそうだ。

昔は100人近くいた支店のメンバーも合理化が進み段々と減り、当時はもう20人くらいに減ってたと思う。20人では連が出せず、関連の信託銀行などと合同でなんとか5、6年前までは出してたもののついに90年代中頃には「連」から撤退したのだという話を聞いた。

なんか滅びゆく企業活動の一つを見た感じで、まさしく、その合理化を推進していたシステム部としては胸が痛んだ。

僕も入行してしばらくは運動会や社内旅行もあり家族的な雰囲気の中、なんとなく将来の夢も見えたりしていた。入行直後から寮対抗スポーツ大会やら、支店対取引先のソフトボール大会やら、春は花見、秋は紅葉狩り、とイベントの連続で、結婚後も毎年保養所に泊まりに行き、安い価格で美味しい食事を満喫していた。

それが90年代半ばを境にバブルが弾け、みるみる家族的なことが失われて行ってしまった。

その後はご存知の通り、一向に景気は回復せず閉塞感から全く脱しないまま、もうかれこれ20年だ。

「生まれた時が悪いのか…、それとも俺が悪いのか…」という歌があったが、本当に時代の波に翻弄され、あろうことか、夢を持って入行した銀行を辞めざるを得なくなり、追われるように転職してしまった。

そしていま、相変わらず、合理化を推進し、ますます家族的経営から遠ざかる施策の片棒を担いでいるようにも感じる。

いい加減この悪いルーティンから抜け出さなくてはいけない。

でも、よく考えてみれば、合理化すれば、ますます楽になるわけなのだから、新しいことを考える余裕が生まれているはず。それをどういう訳か人員整理に結びつけるから話がおかしくなってくる。

もう一度原点に戻るべきだと思う。

起業した当時は、これでいいのかな?やっぱりこうすべきだったかな?と色々チャレンジしては、失敗を積み上げながら、発展してきたはず。

そんな、忙しい中、社員の士気を上げるためにいろんなレクリエーションが取り入れられてきた。社長の考えに惚れてみんなで頑張ってきたし、いろんな提案をみんなで考えては実行していたはずだ。

そういうトライ&エラーを繰り返していた創業時の雰囲気を取り戻すべきだと思う。

日本衰退の一番の原因は人事評価制度にあると思う。失敗したらバツがつくような評価制度で誰がチャレンジングなことをするだろうか?

だから「ストレッチした目標」という言葉遊びをしては結局現状維持にも行かないようなくだらないことをしているのが今の日本だ。

できそうもない「どえらいこと」をするのが日本人であったはず。今現状ですでにできそうなことは他の国もやってしまうのだ。普通は考えられないとてつもないことをしないことには日本の発展はないと断言できる。アメリカの経営者にはそういう発想ができる人がいるので、いまだに持続的に発展しているが、日本は従業員の足を引っ張る経営者ばかりで、せっかく出かかっている芽を根こそぎ摘んでしまう。

だから、そういう個人評価主体の人事制度は捨ててしまい、チームで動きやすくする対策をすべきだと思う。自由に提案を言い合い、失敗しそうでもやらしてみる。そういう雰囲気を作るべきだ。

まず、その第一歩として、家族で参加できるイベントや、社内旅行、保養所の契約など、社員のコミニュケーションが増大する施策を行うべきだと思う。なんでも言えて、どんどん「やってみよう!」と思える社員が増えれば、また日本も良くなって行くのではと思う。

大手企業こそこういう施策をやって、日本をもう一度復活させていくべきだと思う。
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工場は日本に作るべき

中国の反日暴動には驚いたが、これでようやく目が覚めた人も多いのではないだろうか?

それにしてもPanasonic工場の焼き討ちは酷い話だ。ある意味中国の「世界の工場」化の最大の貢献者である松下幸之助の工場に火をつけたのだから。

これで中国に工場を建てようとする経営者はいなくなったことだろう。

だからといって、ミャンマーやバングラデシュなど安い労働力を求めて発展途上国に行くのもどうかと思う。

日本国内で消費するモノはやっぱり日本で生産すべきだと思う。

先日とある雑誌で見た記事では日本の工場の労働生産性は中国の10倍程度あるとのことだった。であれば労働単価が10分の1の国よりも、輸送費を考えれば国内生産で十分ペイ出来る話だ。

先日、閉鎖してしまう某電機メーカーの工場の特集をテレビで見たが、ミニ企業城下町という感じの町で撤退のニュースは町にとって大打撃というか破綻を意味していた。大部分の人がその工場と関わりがあるからだ。

レストランもホテルもパン屋もスーパーも居酒屋もすべて工場あって成り立っているという町。この町で一企業の論理だけで急に撤退するのはどうかと感じた。会社の存続はもちろん大切だが、町を潰すのなら、相応の責任を果たさないといけないのではないかと感じた。

海外に工場を作るのが本当に良いのか、もう一度カントリーリスクも考えて進めるべきだ。

日本人による日本人のための製品作りが基盤にまずあって、国内の充実の上に海外進出があってしかるべきだ。日本人を捨ててまでして海外にいく必要はないと思う。

グローバル化と声高に叫ばれるが、日本人がそもそも幸福でなければ、そんな国の製品はいずれ買われなくなると思う。

日本はダメだけど、海外で成功すればイイと考えている企業は、結局は海外にも受け入れられず衰退して行くことだろう。
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ベトナム出張日記

8月1日からベトナム〜フィリピン〜シンガポール〜マレーシアと4カ国を回るアジア出張に出かけています。

昨日までいたベトナムは下記のようにここ30年間平均6%程度の経済成長を続けており、日本の高度経済成長期のような感じ。街も非常に活気がある。
ただ、経済成長に比べてインフレ率が高くなっており、成長に陰りが見え始めているという説も…。(が、実際に訪れた印象では全くそんなことがなく、人々はアグレッシブでまだまだ成長の余地が大きいと思う。)

 
実質経済成長率の推移(1980〜2012年) - 世界経済のネタ帳

インフレ率の推移

インフレ率が上がるということは物の価値が上昇するということで、金利も上がるし、所得も上がる。急激なインフレに遅行して所得が上がるので一時的に経済は停滞しているように感じるが、今後まだまだ成長するのではないかと思う。

という、経済のお話はこのあたりでおいておいて、ベトナムの様子を写真で見ていきたい。

まずベトナムについて仕事の合間に訪れたのが「サイゴンスカイデッキ」

ホーチミン市でひときわ高くそびえるビル68階建ての「Bitexcoフィナンシャルタワー」。このビルの49階の展望台を「サイゴンスカイデッキ」と言うのですが、入場料が200,000ベトナムドン(約800円:1,000ドンが約4円)と、このあたりの相場から言えば高いので割りとすいていました。

展望台からの眺めはこんな感じ↓


ホーチミン市は現在740万人の大都市で、大阪府くらいのイメージかな(面積も同じくらい)。

朝はホテルのフォーを食べてましたが、これがなかなか美味しい。にゅうめんの感じ。

また、ベトナムコーヒーは非常に濃く、練乳を入れて甘くするのが基本のようです。
↓こんな感じのフィルターを上に置いて3〜5分待ちます。(買いました)

木金は仕事三昧だったのですが、一昨日の土曜日は少し時間があったので、
まずは、朝ぶらぶらとホテルの近所を散歩。こちらはフランス統治時代に建てられた「市民劇場」この日は朝からブラスバンドが演奏していました。

少し歩くと、「聖母マリア教会」がある。このあたりは「ベトナム」の印象が変わる地域だと思います。

で、どんどん歩くと、急にベトナムらしい街並みになり、バイクが増えてきます。

CASIOの大きな看板があります。

とにかくこの街はバイクが多く、片側3車線の場合右側2車線をバイクがほぼ占領しています。

午後はシステムの開発を委託している業者さんのビルを訪問。中心地から車で40分くらいのところで、中心地よりかなりのんびりした雰囲気で良かったです。ベトナムではソフトウェアの受託開発もさかんでこの場所はソフトウェアシティーと名付けられ、一帯のビルにソフトウェア会社が入居しており、大学も入っています。


昼ごはんは、この場所にあるレストランで食べたのですが、高級なところより良かったです。
特にこの野菜炒めは(名前聞くのを忘れましたが)美味しかったです。

スープも非常に美味しく、ご当地ビール「333(バーバーバー)」が昼間っからすすんでしまいました。

このあと、また市内中心部に戻り、少しだけ観光。

まずは「戦争証跡博物館」

ベトナム戦争の歴史を綴る博物館なんだけど、枯葉剤の犠牲になった人たちの写真が痛ましかったです。

ベトナム戦争は1960年から1975年までの非常に長い間続けられたんだけど、1975年と言えば僕が11歳の時で、子供心にも「サイゴン陥落」の1面記事は覚えています。ベ平連とかのフォーク集会が大阪市内でも行われていたのを思い出します…。

で、このあとは「郵便局」と、朝も見た「聖母マリア教会」へ。

郵便局は教会の横にあり、戦争でも焼けずに残った建物。郵便局と言っても観光地なのでおみやげ屋さんが入っており、ここで子どもたちへのお土産を買いました。

朝は入らなかった教会の内部はこんな感じ↓ヨーロッパ的です。
ベトナムは仏教国なんだけど1割はカトリック教徒とのことです。

で、いろいろ歩いて疲れたので、ちょっと休憩。
ということで街のカフェで、あんまり日本では飲めそうにないココナッツジュースを注文。

も少し滞在したかったんでけど、
あっという間にベトナム訪問は終わり、最後の夜は海鮮レストランで食事。

日本ではあまり見かけない巻貝の焼いたものを最後に掲載します。
 ↓

で、今日からフィリピンはマニラに入っています。(観光はできない予定((+_+)))


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デフレの克服が喫緊の課題

Facebookにも呟いたのだけど、アメリカ〜ロンドン〜フランクフルトと先進3カ国を旅をして感じたのは、 日本は全然負けてないということだ。

汚い地下鉄、訳の分からないチップの習慣、ヤル気のないサービス業の人たち、こういうのを目の当たりにすると日本という国の潜在的パワーがものすごいと感じる。

日本が負けているのは唯一「物価が安すぎる」ということに尽きると思う。デフレ経済から一向に這い出る感じがしない。

しかし、これだけ円高が進んでいる状態で、外国で感じたのは、意外に日本に比べて海外は物価が高いということだ。1ドル100円だとかなり高く感じるのではないだろうか?

円高と言われているが、物価を横断的に見ると、円は高すぎるということはないということだ。今の70〜80円が適正レートのような気がする。

とにかく問題なのは、今の日本の物価は安すぎるということだ。考えてみれば、僕が大学の頃のミスタードーナツのセット(ドーナツ2つと飲み物)は550円くらいだった。それが今ではドーナツ一つ100円で昔のセットのように買っても350円くらいになってしまう。

一時期流行ったテクニクスのコンポ(ステレオ)は20万円以上したし、アルバイトでよく売ったビデオデッキも20万円くらいした。テレビは当然20万円以上した。それが今ではテレビなんて2万円台で買えたりする。パソコンなんてメモリ何メガかのレベルで45万円くらいで売ってたのに、今はMacBookですら10万円で買えたりする。

あきらかに不当に安すぎる。

商品は結局「原材料+付加価値」によって価格が決まるのだけど、その付加価値は価値を生む労働によってもたらされているというマルクス経済学的な考えを取り入れるとこの付加価値部分=利潤が不当に安く抑えられているのが現在の日本だ。

中国や韓国が安い商品を提供しているからといって、同じ土俵で勝負する必要性は全くなく、もっと付加価値の高いものを提供し、日本人はその高い商品を買うべきだと思う。

「安物買いの銭失い」という諺は本当に経済の側面を端的に表していて、みんなが安物を買えば買うほど懐に入ってくる給料が減っていくのだ。それがデフレ・スパイラルだ。要は「付加価値分=給料」という図式なので、付加価値を正しく認定せず不当に安く抑えられている状態が日本の今の状況なので、結局給料が減るのだ。

280円均一の飲み屋が多いが、そういうことをしていると「年収300万円の経済学」のようになってしまう。ビールはジョッキーで550円くらいが適正だと思う。(ドイツが5ユーロだったので)もっとじゃんじゃんお金を使うべきだ。

老後が不安だと言って、お金を使わないと逆に給料が減るという循環になる。じゃんじゃん高いものを買えば給料が増えるということになる。「人にプレゼントをたくさんする人は、人から沢山プレゼントをもらう」という事と同じ、「情けは人のためならず」という諺もあるが、消費をすることで、めぐり巡って自分に返ってくる。

とにかく、日本の物価をあげることが大事だ。これは巡り巡って日本人の所得を増加させることになるのではないかと思う。

消費税増税を決める暇があったら、どうやったら経済を再生できるかを考えるべきだと思うのだ。
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