アメリカ出張日記(3日目)

出張3日目の今日も朝から英語のシャワーを浴び続ける。この出張はひょっとして英語の研修なのでしょうか…?

と、ぼやいてみても仕方なく、わからなかったことを何度も聞き返す。質問の英語は用意できるので結構容易で、「Who make this …?」とか「What do you mean that …?」みたいな聞き方で質問できる。が返ってきたAnswerがこれまた聞き取れない。。。。う〜〜ん。

とにかくリスニングを頑張らなくちゃ…。

という感じで、お仕事もがんばっております。

話変わって、朝食の話だけれど、ホテルに朝食がついておらず、もっぱら会社の下にあるカフェテリアで食べてます。(こんなとこ↓)

結構安くて、デニッシュとコーヒーだと2.8ドル(224円)。朝はすいているので、めちゃのんびりできます。初日はオムレツとマッシュポテトの朝食を食べたのですが、これが大量すぎてお腹がはちきれそうでした。それでもコーヒーセットで4ドル程度、安い!

会社そのものはこんな感じで、ここの5階6階に入居してます。(中は秘密!めちゃ綺麗)

今日は、午前中英語のシャワーを浴びたあと、午後からデータセンター見学へ。ニュージャージーなので道路の遥か向こう側にちっちゃくマンハッタンが見えます。
↑ エンパイアステートビルがかすかに…見えへんか。。。。

見学したデータセンターは日本の会社なので、説明が全部日本人でかつ日本語。なんか意外に違和感ありまくり。日本にいる感覚になってしまうので、わからなくてもいいので英語で説明して欲しいなとなんとなく贅沢にもそう思いました。

で、なんだかんだで1日の仕事が終わり、夜は行きたかった「日系スーパーMITSUWA」をこちらに駐在している別の部署のメンバーに案内してもらいました。

スーパーの中は完全に日本の感じで、こんな感じ。(イマイチわかりませんな…)

フードコートには「らーめん山頭火」や

凮月堂とかもあります。

一番驚くのがビールの安さ!

なんとスーパードライもサッポロ黒ラベルも1ケース(350ml24缶入り)22.99ドルということで1缶1ドルしない(約77円)のでありまするよ。日本の酒税ってめちゃ高いです。

夕飯はこのスーパーのフードコートで「一口カツ御膳」を注文。普通に日本語で「一口カツ御膳」と言ったのが通じたので結構嬉しかったです。(店の注文に苦労しているので…)

このスーパーはハドソン川に面しているので、買い物が終わってからちょっとマンハッタンを眺めてみようということで川岸に行ったところ、川の中からサギのような、しかし図体のでかい名前のわからない鳥が次々とこちらにノソノソと歩いてくる。

無視して写真を撮っていると、10羽くらいがどんどん近寄ってきて、はっきり言って餌を要求している感じでありました。

「おいおい近すぎるで!」と叫んだのですが、さすがに日本語は通じないのか、無視して更に近寄ってくる。とっさに英語が出ないのが辛いですが、ま、出たところで通じないとは思いますが、柵の近くのホントに手の届くところで一旦停止し、モグモグと何かを食ってる動作を繰り返すのですが、ほっといたところ、その10羽の集団は勝手に次の標的を目指して右方向に移動していきました。なんちゅう鳥やねん。。。

と、あほな鳥の相手をしているうちに向こう岸(マンハッタン側)が夕日に照らされて綺麗になったので、ちょっとばかし写真を撮ってみました。写真だとわかりにくいですが、実物は本当に綺麗でしたよ。


今は夏至が過ぎたばかりなので、日が暮れるのが遅くて、8時半くらいでこんな感じ。完全に日が落ちるのは9時半くらいです。

ということで、その後、ホテルに戻りましたが、またバーで飲みまくったので、せっかく買った1リットルのスーパードライはまだ手をつけておりません。部屋のみするにもデカ過ぎです。
(隣のサッポロビールもでかいのでわかりにくいですが、ホントめちゃでかいんです。)

ということで、またまたニュージャージーの夜は更けていくのであります。

ではまた。See you again(^_^)/


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アメリカ出張日記(2日目)

NYで歩き疲れて、11時に倒れるように寝たのですが、お決まりのようにやっぱりものすごいJet Lagで、2時に目が覚めてしまいました。(アメリカに来るとなぜか2時頃目がさめちゃうんだよな…。)

ということで今回は強制的に寝れるようにと、昨日「Warehouse Wines & Spirits」というところで仕入れた「Maker's Mark」で深夜に一杯。これでまた少し寝れました…。

ぐっすり眠れたあと、いよいよ出張初日。こちらのITセクションの人たちと情報共有をするんだけど、いきなり朝一から英語での打ち合わせ。

「まずは自己紹介から」なんてことを言われて、話始めたものの、思ったように単語が出てこず、結構難しいなあと思った。下手に笑わせようとしたので、余計意味不明の自己紹介になってしまいましたが、それなりにウケたようです。(ウケんでもいいねん…。)

その後はIT関連で話のスジがわかるところはだいたい理解できるものの、なかなか英語の発音をすべて聞き取るのは難しいなと感じた。単語だけでも拾えれば違うんだけど…。が、こちらのリーダーがそのあたりはよく理解されていて、ホワイトボードに書きながら進めてくれるのででなんとかなりましたが…。

でもやっぱり言ってることの8割ぐらいは聞き取りたいなという気がしてきた。(今はホワイトボードなしでは2割もわからない(T_T))リスニングを頑張らねば…。

そうこう悩んでいるうちに昼ごはんは中華料理店へ!(美味し〜!かったのですが写真を撮るの忘れました。)なお、ライスがインディカ米のような長細いコメでしたが、中華料理ってこの米でしたっけ。。。

昼からは日本語が多く、なんとかなりましたが、あれだけ寝たのにやっぱり「時差ボケ」が発生し、3時半くらいからもう全然ダメでした。急に腹の調子も悪くなり(冷房が効き過ぎなんだもの)、「頭痛」、「腹痛」、「眠気」、「寒気」の四重苦で死にそうでした。

が、なぜか夕飯のイタリアンでは元気がもりもり復活し、ムール貝やら、パスタを大量に食べ、満腹状態でへらへら笑っていたからなのか、デザートのチョコムースの上にはサービスで店員さんがスマイルを描いてくれました。ちょっと笑い過ぎで目から涙がでてますが。。。

ということで、なんだかんだで出張2日目は楽しく過ぎていくのでした。(このあと、またまたホテルのバーで飲んじゃいました。あかん体重計が怖い。。。。)
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アメリカ出張日記(1日目その2)

(出張とかいいながら観光しかしてませんが、)空港到着後、一旦NJ(ニュージャージー)の本社近くのホテル(Marriott Teaneck)にチェックインしたあと、NYに もう一回戻ることに。

ニューヨーク州とニュージャージ州はハドソン川を隔ててお隣なのですが、(大阪市と尼崎市みたいな関係?)ところが、川一本で州が違うだけで、マンハッタン内では便利な地下鉄とか市バスが繋がっておらず、車がなければ、非常に移動が不便です。タクシーも州をまたぐとかなり高額になり、おすすめできません。

唯一、旅行客に評判が良いのが「NJトランジット」というバスでの移動という手段になります。料金は4ドル25セント(340円)と非常にリーズナブルなお値段。

で、ホテルの横にあるバス停から向かうことに。ところが待てど暮らせどやってこない。1時22分発が15分すぎても全く来ない。隣の夫婦もあきれて話しかけてくる。「To New York?」「Really?」とかの簡単単語なので非常にわかりやすい。

こっちの国の人でもやっぱり不安なのねと、妙に安心し、待ってると30分遅れでやってきた。チップとか不安なのだけど、こういうバスはきっかり4ドル25セントで大丈夫だ。

このバスに乗ると30分程度で、Port Authority Bus Terminalというタイムズスクエアにすぐというところに到着する。そこからは銀行時代のY氏に電話をし、会うことに。

指定されたWest 4th Street駅に地下鉄で向かう。で、この近くのJone's Pizzeriaというところでピザを食べることに。スモールサイズって書いてたので2種類頼んだところドーンとこんなものが出てきました。


おいおい、どこがスモールやねん。っていう感じでありました。お腹が空いていたのに、食べても食べても減りません。(日本時間の朝4時だもんね)

ピザを堪能したあと、近くに美味しいカップケーキ屋さんがあるというので歩いて行くと、なんだかものすごいパレードに出くわしてしまいました。

何のパレードかと思ったら「ゲイ」のパレード(・・?…らしい。アメリカは同性愛を公式に認めているのですが、それにしてもなんでみんなこんなに盛り上がっているのでしょうかというくらい人がいっぱい。


ということで、この大騒ぎのパレードの向こう側にあるカップケーキ屋さんは断念し、反対側のワシントン・スクエアの方に引き返すことに。

ニューヨークではじめて「カプチーノ」を作ったという店に。こぢんまりした店内ですが、結構歴史があるお店なんだそうです。Caffe Reggioというお店でワシントン・スクエアの近くにあります。
店内にシナモンの香りが立ち込めていて、なかなか雰囲気の良いお店でした。

このあと、ワシントン・スクエアに立ち寄り、タイムズスクエアへ移動。
ワシントン・スクエアはマンハッタンの中心線である5th Avenue(5番街)の起点(南側)になっている公園で、数々の映画のロケ地にもなっているところ。この公園にはジャズのストリートミュージシャンが多いんだけど、この日最高に上手かったのは、このドラマー。ドラムだけでお客さんを集めていました。むちゃ上手い。
よく見ると、スネアドラムとハイハット、シンバル一枚、バスドラムとタムタム一つという超最低限セットですが、むちゃくちゃすごい音が出てました。

地下鉄で今度は北上し、ニューヨークといえばここかということでタイムズスクエアへ。

んーー、ニューヨークらしいなあ〜。という感じですが、この時点で歩きすぎており、しかもまだ初日! 大阪の家を出てからかれこれ27時間も経過しており、さすがに疲れて、このあと同行している人たちとの会食をキャンセルすることに…。(だいたい、さっきのピザでお腹は満腹でとてもBBQを食べる気になれず…)

ということで、NY(NJ)の夜は更けていくのでありました。あ〜しんどい。



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アメリカ出張日記(1日目その1)

3年ぶりの海外出張。

今回はアメリカ→イギリス→ドイツと世界一周2週間の旅という、今までやったことのない長期出張であります。

飛行機は初めてのビジネスクラスだったのですが、ANAのビジネスクラスは超快適で、あっという間にJFケネディ空港についてしまいました。

(リクライニングが完全フラットになる座席で非常に快適↓)

機内食も結構よくて、まずは前菜…

続いてサラダ(というかこれがメインかと思った)

なんとメインディッシュはこんなにでかい肉

シメは特製マンゴーパフェ、もうお腹はちきれそう〜。

もう、超満腹状態で、映画を2本ほど…。

一つはアカデミー賞をいくつも受賞した「英国王のスピーチ」、もう一本は「はやぶさ〜遥かなる帰還」両方ともすごく面白い映画でした。
しかも、画面は17インチスクリーンで、今回持参したBOSEのノイズキャンセリングヘッドフォンがこれまた快適で、ほぼ無音状態で映画に没頭できました。(ちなみにビジネスクラスに付属しているヘッドフォンもノイズキャンセリング機能つきでした。が、やっぱりBOSEの方が静寂性が高かったです〜)

ましかし、やっぱり英語は聞き取れず、若干の不安を感じつつ…。睡眠へ。
(ちなみに映画「はやぶさ」の吉岡秀隆が扮しているNEC社員がMacBookを使っているのには驚きました…。自社パソコンだとダメなのかな…。)

シートが完全フルフラットになるので快適に3時間ほど熟睡。(つ∀-)オヤスミー

NY時間の朝7時に朝飯を食べようと、ハンバーガーを注文すると、これまたでかいこんなのが出てきました。(あかん、太りすぎる…)

このあと「ティファニーで朝食」を見たが、やっぱり英語が聞き取れず、更に一回見たことのある「きみに読む物語」という映画を字幕なしの英語のみでリスニングにチャレンジするもさっぱり…。

英語はリスニングが大事だなあと思いつつ、空港に到着。天気は晴れ!快適にホテルまで一旦タクシーで移動。

このあと、バスでNYに出かけるのでありますが、ちょっと会社に行かないといけないので、ここで一旦筆を置きます。(続く)


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そこそこの人生

いろんな人と話をすることが多い。その中で、全てとは言わないが、総じて大手と言われる企業に勤めている人の話がつまらない。

そこそこいい給料をもらい、そこそこいい家に住み、結婚し、子供もいて、まあ、なんというかすべてがそこそこなのだ。

そういう人達は当然、冒険をしない。きっと会社でも重大な決断などしたことないのだろう。現状維持に毛の生えた程度の改善をして「評価して欲しい」などと言ってるかもしれない。

そういうのが営業だと最悪で、こちらの企業が何をしていて、どういう課題を抱えているのかなんてのには全然関係なく、自社製品の話ばかりいきなり話し出す。そんなの海外に行ったら全然太刀打ち出来ないんだけどなと思いながら、仕方なく話を聞くという感じだ。

日本の大手企業は有名大卒の「そこそこの人達ばかり」になってしまったので、出てくる製品やサービスも全然冴えない「そこそこのもの」ばかりになっている。

という感じで、モノづくり日本はもうダメなのかと思っていたが、実際には中小企業が頑張っている。すごくいいものを作ってる会社も多いので、そういう企業を後方支援する仕組みを今すぐ国は作らないといけないのではと思う。

今の時代は、大手企業が跋扈していた世の中から価値のコペルニクス的転換が必要な時代にさしかかっているような気がする。

日本をどう変革して行くのか、その一点を考えたときに、中小企業同士で連携して高付加価値製品を作って販売できるルートを確立していくべきだと思う。そういった会社が集まって、地域の中で死ぬまで働ける環境を作っていくべきだし、人として生きてきた以上死ぬまで社会に貢献するべきなんじゃないだろうか?

最近、カミさんが、近所の醤油屋さんで働き出した。自転車で5分ほどのところにある家内工業的な会社だ。家族的経営というのか、少人数でやっているのだが、今は「塩麹ブーム」に乗って非常に調子が良い会社だ。インターネット販売もやっており、こういう地域の中の会社でも全国区になることができる時代でもある。地域の中で働くと、働いている姿を子どもにも見せられるし、非常に良いのではないかと思う。満員電車に揺られて住んでるところから遠くの「器だけ立派な会社」に行ったって何ほどの意味があるのだろうか…。

「生きている=働いている」ということだと僕は思ってる。働いていない人は死んでいるのだ。そこそこお金ができたら悠々自適の生活を…などと思って、本当に悠々自適になってしまったら我慢できなくなるはず。日々猛烈に働いて、時々休みがあるから、その休暇が楽しいのであって、毎日が日曜日だと面白いはずはないのである。人間死ぬまで働くべきであって、働けなくなったら、命をむやみに長引かせても意味がないと思う。

大手企業の人たちは定年になり、そこそこ高い企業年金を厚生年金以外にもらい、そこそこ余裕のある老後を過ごすことになる…。でも、それが生きる道なのか?何か意味のある人生なのだろうか?社会に何か役に立つ老後なのだろうか…?

今の日本は、三島由紀夫が心配していたように「日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済大国が極東の一角に残るのであろう」という感じになってきている。

自分の人生を生きるために今こそ「そこそこの人生」を降りて、強烈に自分を生ききる、自分の面白いと思えることを仕事にし、働き続ける人生に変えていかねばならないのではないだろうか…。
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「教育勅語」を読みなおしてみた

「修身」が実は非常にすぐれた道徳教育の教科書であったことを現代の先生方が知らないように、「教育勅語」もその内容についてはあまり知られていない。国民道徳協会というところが教育勅語を現代文に訳している(→明治神宮HP)が、ちょっと意訳しすぎなので、原文に近い訳を試みたので、以下掲載したい。
私(明治天皇)が強く思うのは、(天照大神からはじまり、神武、綏靖…と続く)歴代の天皇が日本国をつくっていくにあたり、理想的な社会として、樹木を植えるように広く日本社会に根付かせようとした道徳は実に奥深いものであり、慈しみのあついものである。 

国民全体がよく君に忠義を尽くし、父母に孝行をはげみ、国民全体が心を一つにして、神代から現代に至るまでそういう美風を作り上げてきたのは、日本の国柄の最も優れた美しい点であって、教育の一番大切な根本は、ここにあるのである。 

 国民のみなさん、

子は父母に孝行をつくし、(1:孝行)  
兄弟、姉妹は互いに仲良く、(2:友愛)  
夫婦は互いに睦まじく、(3:夫婦ノ和)  
友人は互いに信じ合い、(4:朋友ノ信)  
他人を立て、己は謙虚にし、(5:謙遜)  
世の中の人々に平等に接し、(6:博愛)  
学問にはげみ、職業を習って身につけ、(7:修学習業)  
そうして、智徳を養って、才能を伸ばし、(8:智能啓発)  
道徳の高い、立派な人格を形成し、(9:徳器成就)  
すすんで、世の中の人のためになることを行い、社会の利益になる仕事を開発し、(10:公益世務)  
常に、憲法を重んじ、法律を守り、(11:遵法)  
もしひとたび、差し迫ったことがおこれば義勇を持って国のために一身を捧げ、(12:義勇)

そうして、天地が永遠に続くように、限りなく栄えてゆく日本国の運命を助けるべきである。

これらの教えをよく守ることは、単に我が国の立派な国民であるばかりでなく、 先祖から伝え続けられてきた日本人の美風がいかに素晴らしいかを十分にあきらかにすることができるのです。 この勅語で述べられている道徳は祖先から受け継がれてきた教えであって、われわれも皆ひとしく守っていくべきものである。

教育勅語の教えは昔も今もいつの時代も間違いのないことであり、日本国内だけでなく、世界中のどこの国でも遵守すべき道であるから、みなさん、ともにこの勅語の教訓をよく守り、実行して立派な日本人になることを深く希望します。

 御名御璽

どうだろうか? 上記の( )書きで書いた教育勅語の十二徳のうち、1〜11までは非常に良い内容ではないだろうか?

教育勅語が嫌がられているのは最後の「12:義勇」なのだろうが、しかしながら、よく考えてみれば自国を守らないことを教える国が一体どこにあるだろうか? 他国に侵略されてもいいということはないのである。

 ということで、この教育勅語、もう一度現代語訳に変換して、道徳教育の基本として復活させても良いと思うのだがいかがなものだろうか…?

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「舟を編む」

評価:
三浦 しをん
光文社

今年の本屋大賞第一位の三浦しをん作「舟を編む」を読んだ。

辞書編纂の裏側をドラマ仕立てで進めていくストーリーがすごく面白かった。キャラの設定が非常にすぐれていて、一気に読める本だ。

辞書の話といえば、有名なのが15年ほど前に出版された赤瀬川原平の「新解さんの謎」である。こちらは三省堂「新明解国語辞典」のそれぞれの見出し語の説明にものすごい編集者の想いが詰まっていることを解き明かした本でこれを最初読んだ時はぶっ飛んだ。

有名な「恋愛」の語句説明であるが、手元の第4版の辞書を見てみると、

  •  れんあい【恋愛】ーする 特定の異性に特別の愛情をいだいて、二人だけで一緒に居たい、出来るなら合体したいという気持ちを持ちながら、それが、常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる・(まれにかなえられて歓喜する)状態。「ー結婚・ー関係」

え〜これが辞書?っていう感じですが、辞書がこれほど身近に感じたことはなかったです。あまりに面白いので当時職場のいろんな人に「新明解国語辞典」を宣伝してまわったのですが、おかげで女の子たちからは変な目で見られました。ま、最近の第7版ではかなり内容が変わっているとのことで、また買おうかなと思っています。

それにしても、辞書編纂はものすごく根気のいる仕事だと思う。言葉の意味をそれこそ5万とか6万というとてつもない数の言葉を一つづつ検証していくという仕事だ。『舟を編む』の中でも「用例採集カード」というものに事あるごとにメモする主人公や監修者の姿が描かれている。

途中、主人公の奥さんが、主人公と付きあう中で「言葉の重要性に気づいた」と言うシーンがあるのだが、この「言葉の重要性」というのがこの本の底流を流れている、著者が言いたかったことなのでは、と感じた。

「言葉」がなければ人間は感情を持てないし、思考もできない、あらゆることは「言葉」があってはじめてできることで、人間が人間であるのも「言葉」があるからだ。聖書に「始めに言葉ありき」という有名なフレーズがあるが、言葉がなければ神の意思も伝えられないし、理解できない。言葉=神であるといってもよいのかもしれない。

そういう意味で、辞書編纂の仕事は地道で時間がかかるものなのだけれど、誇り高き仕事なのだなと思える。

また、この小説に出てくる辞書編纂作業は、あくまで製本する紙の辞書を取り上げている。製紙会社社員のその辞書のためだけの特別な紙質へのチャレンジなども描かれており、究極の技術にこだわる日本人の心意気も感じられる内容になっている。

電子辞書全盛の時代に、ふと感じたのは、こういう技に対するこだわりが最近なくなってきているのではないかという危惧だ。とことん良い辞書を作るための紙へのこだわり、製本へのこだわり、印刷技術へのこだわり、装丁へのこだわり、そういったものが最近どんどん劣化しているような気がする。

僕自身社内でITを担当しながらも、ここ最近の「なんでもIT化」、「なんでも効率化」、とか「とにかく経費削減」というような風潮にはものすごい抵抗を感じてしまう。

本当にIT化が正しいことなんだろうか?

アナログな「人と人とのつながり」は大切じゃないんだろうか?とか、昭和時代のように職場では先輩を敬い、先輩は後輩をいたわり、和気藹々と仕事をすることのほうが大事なんじゃないか?と日々自問自答している。

それは決して「昭和時代に戻りたい」というノスタルジックな気持ちではなく、最近の日本はなんだかIT化、効率化と言い過ぎで、肝心なことを忘れてきたのではないかと思うのだ。

辞書編纂に人生を傾ける生き方もいいなあ、と読みながら、ふとそんなことを感じたのであります。

(追伸:この本のカバーを取り除いた本の装丁、めちゃ凝ってます。漫画本があるのかと思ってしまいました。)

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式年遷宮とシステム開発

システムの再構築案件でいつも思うのは、作り変える必然性があるかどうかということだ。

改良を加えてきたシステムで十分仕事は回るし、特に困ることもおこらない。

物凄く性能が悪いとか、時々止まってしまうような「何これ?」っていう誰が見てもダメなシステムでない限り、今のシステムにそのまま改良を加えて行くということでいいんじゃないかと思ったりする。

家でいうとリフォームをしていくというのに似ている。住みやすいように改良を加えて行く方が理にかなっているような気がする。ビフォアーアフターのようにほとんど作り変えてしまうリフォームもあるが、それでも全く作り変えるわけではない。

が、20年毎に完全に作り変えている建物がある。

伊勢神宮のことだ。伊勢神宮の「式年遷宮」は今ある外宮、内宮のそれぞれ隣地に全く同様の宮を20年に一度一から作り直すのだそうだ。来年は62回目の式年遷宮が完了する年だが今回の再構築の為になんと8年も前からその準備をはじめている。

清浄を保つ為ということもあるが、建築技術者の技の継承が一番の理由でもある。20年に一度だと一生のうちに2回は経験出来、技術の承継が出来るのらしい。

先日、とある会合で、「システムの再構築も「式年遷宮」ととらえれば必要ですね。」という話になった。

システムについては、20年くらい前までは事務処理効率の向上をテーマに10年というよりは5年に一度のペースで作り変えてきたが、ここ最近は、業務改善案件はほとんどやり尽くしているため、冒頭に書いたように再構築の意義はなくなっている現状がある。

しかし、「式年遷宮」を念頭に考えると、技の継承という意味では、やはり10年に一度は大規模なリニューアルをするべきではないかと感じてきた。コストがかかるとか、費用対効果が出ないとか言われてしまうとそうかもしれないが、今やシステムは会社の心臓あるいは脳にもなっており、その心臓や脳の部位を取り替える技術者を養成していかないことには、会社の存続も危うくなるのではないだろうか。

冒頭でシステム再構築の必然性に疑問を投げかけたのだが、伊勢神宮の「式年遷宮」の意義を知り、社内にシステムのプロを養成せずアウトソーシングに頼る流れを考えると、やはり、社内での技術者育成、および会社の存続のためにも、基盤システムの定期的なリニューアルは必要なことだと思う。

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