今日から新学期

今日から新学期。
しばらく更新をサボっていたこのブログも再開することにしよう。

日常についてはFacebookにつぶやきすぎているので、非日常的なことも織り交ぜて書いて行くことにしていきたい。

今年に入って、仕事の状況が変わりつつあり、その変化についていけなかったのがブログ更新ができなくなってきた一つの原因でもある。

というのは、なぜか海外のシステムについても担当しなければならなくなったからだ。不得意な英語をまたやらなくちゃいけないのが憂鬱で困っていた、というか現実逃避していた。

が、いよいよ逃れられなくなったようなので、ここは腹を括って英語の勉強をするぞと決めたら、ちょっと気持ちが落ち着いてきたという感じなのであります。

おりしも、親戚の中学生が受動態の過去完了ってどう書くの?とか聞いてきて、「受動態って何だっけ?」ってそもそもいい加減な勉強しかしていない学生時代の弱点をついてきて困っているのだ。

受動態ということで、その子から送られてきた"I had given smile by you."は間違いで、"I was given smile by you."だろうとは思ったが自信が持てない。この言い方をアメリカ人に言う気になれない。そもそも日本語でも「あなたに微笑みを贈られた」なんて、そういう変な言い方はしないんじゃないかという想いが強くいきなり英語学習の出鼻をくじかれた感じだ。中学英語ってなんなのだろう。そういうのばかり勉強するのでますます話す気になれなくなるんじゃないかと思った。日常使う表現を訓練しないと全く意味がない。

英語の例文のストックをたくさん持っていないと自信もって喋れないなと…。それにしてもこんな感じで、高校受験生レベルから英語のやり直しをせねばと思っている次第です。五十の手習いだけどね。

実は、先日、高校の同級生の娘さんが韓国に留学するという話を聞いて、かなり刺激を受けたというのも語学を勉強しようと思った一つのきっかけ。娘さんは大学2年生、つまりたった1年の韓国語の勉強でいきなり留学出来るレベルに到達したということだ。K-Popとかが好きだというのがあるのだとしてもすごい能力である。頑張れば人間いくらでも才能開発が出来るなと思った。

ということで、今日から僕も語学の新学期に突入することにしたい。英語と韓国語ね。

日記 | comments(0) | trackbacks(0)

秦氏を中心に古代史を見てみると様子が変わってくる。

ブログの更新をサボってましたが、そろそろ再開しようと思う。

ひょんなことから、古代史を「秦氏」を中心に見ると違って見えてくるのではないかと思い、先々週くらいからいろいろ調べており、それがあまりにも面白いの少しだけ紹介。

きっかけは、家の近くの百舌鳥古墳群を調べようと思ったことから。古墳群を築造するにはいろいろな技術が必要で、中でも「秦氏」を中心とした技術者集団が関連しているという記述があり、「「秦氏」って歴史にあんまりでなかったけど結構重要なのかな?」と思ったことがきっかけ。

で、いろんな本やネットで秦氏を調べていくと、応神天皇の頃に1万人もの規模で渡来し、各地に技術を伝承させたということになっている。1万人はものすごい規模だ。

大分県宇佐八幡宮は応神天皇を祀っているが、この大分県豊後半島は「秦王国」であったとも言われる。

一方百舌鳥古墳群を作った技術者集団は地元では「土師氏」となっているが(土師町という地名がある)、この土師氏も秦氏の一族であると言われている。で「秦氏」を中心に調べてみると次々と面白い話が出てくる。

最近調べたことを列記すると
  • 秦氏はもともとイスラエルのダビデ王族であるという説がある
  • 秦氏は百済出身ではなく新羅系(その中でも伽耶(任那)人)
  • ネストリウス系キリスト教(中国の景教)の寺院は中国で大秦寺という名前
  • 秦河勝の住んでいた京都の地名は「太秦」
  • 秦河勝は聖徳太子のブレーン
  • 秦河勝は最終的に赤穂の地に追われたが、ここで塩田などの技術を広めた。
  • 赤穂にある「大避神社」は秦河勝を祀っているが、本来は「大闢(だいびゃく)」→ダビデである。
  • 蘇我氏は秦氏の一族(聖徳太子は蘇我氏という説もあり)
  • 聖徳太子は厩戸皇子と呼ばれるがこれは明らかにキリスト教からきている。
  • 聖徳太子の母親である穴穂部間人皇女も秦氏系という説
  • 間人(はしひと)皇女の「はし」はペルシャ(波斯(はし))ではないかという説
  • 記紀の編纂は藤原不比等が行なっているので、対立していた「秦氏」の記述がない。
  • 宇佐八幡宮は秦氏のお膝元であるが、比売大神とは誰のことか?卑弥呼なのか?
  • 宇佐八幡宮は道鏡事件の時に伊勢神宮ではなく、宇佐八幡宮に神託に来ている。
  • 伊勢神宮の外宮の参道にはイスラエルの六芒星が並んでいる

などなど、トンデモ系含めいろんな説があり面白い状況。まだ、全然整理がついていないので、後日これらのことを整理して調べたいと思います。

歴史探訪 | comments(0) | trackbacks(0)

ものすごい分量の経済産業省からのアンケート

経済産業省から送られてきたITに関する調査の分量がやたら多い。

センター試験のような冊子になっていて、それだけで回答したくなくなるのだが、頑張って回答しようと思って面食らった。ポイントがあまりにもずれているからだ。質問項目をカテゴリーにすると「電子商取引」「情報セキュリティ」「クラウド活用」の3つである。 

今、各企業で力を入れているのは、ITを使った経営改革、業務改革である。基盤整備は済んでいるところが多く、今はどうITを業務に活用するかということがポイントになっているはずだ。なのになぜこの3つを聞いてくるのだろうか?

中小企業でそんなに「電子商取引」が活発であるのは聞いたことがない、そもそも通常の商売でそういうのは必要とも思えないのだが、あたかも「電子商取引」をしていないと時代遅れとでも言わんばかりのページ数で質問項目が多数ある。これを使う方向に各企業を誘導しようとしている感が見えてくる。

「情報セキュリティ」は確かに昔から重要で、10年前からどこの企業も整備していると思う。しかし、内容が「専任担当者がいますか?」などの内容である。中小企業の場合それだけをやっている担当者などいるはずがない。5千万円以上の資本金の会社を対象としているようだが、ちょっと中小企業にこの質問はおかしいのでは?と思う。

最後の「クラウド」であるが、これは今話題だから入れたのだろう。がしかし、日本国内にクラウド事業者が少ない現時点で、国がクラウドを推奨するということは、アメリカの企業を使えということを奨励しているように見えないだろうか?政府が民間に聞く質問事項としては不適切な感じが拭えない。

とにかく、ものすごい分量のアンケートなので、回答に1時間もかかってしまった。これを各企業が書くと日本経済が好転するのなら書く気も起こるけれど、どうなんだろう?日本全体で何千社もの会社のIT担当者がこのアンケートに今書いているのである。もったいない話である。

しかも手書きのこのアンケート。経済産業省から委託された企業はこれをパンチ業者に出すのだろう。それほど意味があるとも思えないデータにお金を払ってパンチ処理し、誰も見ない資料を作るなんてナンセンスの極みだ。

しかも電子商取引のアンケートなのに、インターネットで回答を書かせないという不効率。一体何なんだろう?インターネットアンケートだと瞬時に集計できるし、信頼性も上がる。

ほんまアホかいなと思う。税金を上げる前に、こういう無駄を排除すべきではと思う?
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消費税増税は言語道断

一体野田政権は何をやっているのだろうか?

今は東北の復興、福島の除染、エネルギーとしての原子力をどうするのか、日本の経済をどう立て直すのか、そういう事が政治の第一テーマであるはずだ。

それをどう間違えて「消費税増税」が焦点になるのかさっぱりわからない。

このブログでも何回も書いたが、デフレ期に必要な政策はインフレターゲットの設定だ。

年率3パーセントのインフレ目標を日銀総裁が宣言するだけで良いのだ。

実際アメリカのFRBは年率2パーセントのインフレターゲットを3日ほど前に発表した。

アメリカに出来る事がなぜ我が日本はできないのだろうか?

3パーセントのインフレだけで、世の中はずいぶん変わる。不動産などの資産価値は上がるし、給料が40万円の人は月に1万2千円も上昇する。これらが消費に回ればものすごい経済効果である。

そもそも1997年に消費税を3パーセントから5パーセントに上げたが、翌年からは逆に税収は下がり、デフレが更に進行した事で給料が下がり、自殺者は2万4千人から3万2千人に急上昇し、それ以来、自殺者は3万人を下らないままもう14年も経過している。

これ以上、国民を苦しめて何を民主党政権はしたいのだろうか?

今やるべき事は、インフレターゲットの設定とともに、東北の復興のための財政支出である。

やってることが全く逆である。財政を緊縮するのではなく拡大すべきだ。ここでエンジンをかけて、更にインフレターゲットを発表すべきである。

インフレは悪いことのようにイメージされるが、今の日本はあまりにも物価が安過ぎる。もっと高くて良いのだ。

議論の焦点がおかしくなるのは、戦前も同様だった。読売新聞を中心に消費税論議が話題になっているが、今日本人がやらなければいけないのは、東北復興をきっかけとした日本復興である。この国の元に国民が一致団結して東北を復興させ、原発事故を収束させること。ここを中心に頑張っていくべきだ。

決して「消費税増税」などという自虐的なことではないはずだ。日本を潰す気か。

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歴史は繰り返す

70年周期くらいで歴史は繰り返しているのでは?という仮説を検証したく、いろいろな本を読んでいるが、今読んでいる半藤一利氏の「昭和史」では約80年周期としている。

慶応元年(1865年)に当時の江戸幕府の鎖国政策から開国に方針を変更してから国づくりをはじめて40年後の明治38年(1905年)に日露戦争に勝利し一応の完成をみる。ところが、そこから衰退が始まり、その40年後の昭和20年(1945年)には太平洋戦争の敗戦を迎え国を滅ぼしてしまう。

戦後の混乱期を経て昭和24年(1949年)頃からを復興の開始と考えると、その40年後の1989年に経済のピークを迎え昭和が平成に変わる。その後は失われた20年と呼ばれている衰退期に入っているが、このまま衰退に向かうのかどうかは歴史を学び、同じ轍を踏まないようにしなければいけないと思う。

こうしてみるとやはり70〜80年周期で国は成長衰退を繰り返している。これは考えてみると人間の一生に似ているのかもしれない。40歳をピークに下り坂になり、80歳で死ぬように、国も同じように成長衰退があるのかもと思ってしまう。

なぜそうなるのか? 

具体的に自分のことを考えてみると、僕らは親の話を聞いて育っている。僕の父親は昭和12年生まれだが、そのころくらいのことしか語ってくれない。それ以前の話はおじいさんの代の話なので話が不確かである。なので、親の話が自分の身体の中の歴史観になってしまう。日本は2670年続いているという歴史を学んだ所で実感がないので、僕らですら、身体感覚としては80年くらいの歴史観しかない。それが70〜80年の周期を生むのかも知れない。(まあ、なんとなく思っただけで何の裏付けもないですが…。)

しかしながら、大変な時代である。

政治は全くおかしな方向に向かっている。今は東北を早く復興させ、エネルギー政策として傷ついた原子力を今後どうしていくのか、福島の汚染された土地をどう除染していくのか、ということを国民全体で考えていかねばならないときなのに、なぜか「消費税増税」である。狂っているとしか言いようがない。昔からやりたかったのかもしれないが、あまりにも時代が読めていない。財政再建が先ではなく復興が先である。

東北復興をきっかけに、日本再興をはかることをスローガンに掲げて、エネルギー政策、経済政策を一気に進めていくということは可能だと思う。消費税増税などという経済成長にブレーキをかけるような政策は言語同断ではないのか?

僕らは歴史を学び、同じ轍を繰り返さないようにしなければいけない。

政治・経済 | comments(0) | trackbacks(0)

「ぼくらの祖国」

青山繁晴氏の本「ぼくらの祖国」を東京から帰る新幹線の車中で一気に読んだ。

読んでいる途中、右手に富士山が見えた。雲一つない快晴の青空の下、雄大な姿を見せる富士山を見ながら、祖国についての本を読む。いつもはボンヤリ風景を眺めてたり、iPhoneをいじっていることが多いのだけど、今日は富士山を過ぎてからはずっとこの本に集中した。

内容は「北朝鮮拉致問題」「東日本大震災と福島原発事故」「硫黄島の滑走路の下に埋められたままの英霊1万3千人」「日本海のメタンハイドレート」のことをメインに、日本という国を考える内容になっている。

青山繁晴さんの主張は関西テレビのニュース「アンカー」で毎週聞いているのでだいたいおさえているつもりでいるが、こうやって活字になると更に重みがましてくる。

特に「硫黄島(いおうとう→いおうじまは米国の言い方)」の話は圧巻だと思う。新幹線の中で不覚にも涙を零してしまった。YouTubeで以前この青山さんの硫黄島の話は視聴したことがあるのだが、それでもやはり本を読んでいるうちに身体の芯がゾクゾクしてきて、感極まってしまった。

僕らは事実をあまりにも知らなさすぎる。

硫黄島で犠牲になった2万1千の英霊のうちまだ1万3千人が島の地下壕などに埋まったままになっていること。しかもその遺骨の上に滑走路が作られているためそれを剥がさなければいけないこと。ところが青山さんの活動で始まった「滑走路を移転し今の滑走路を引き剥がして遺骨を収集する」という計画が2009年に防衛省で1億円の予算がついたのに今は消えてしまっていること。硫黄島を米軍が占領したかった理由は本土爆撃の拠点にするためだが、その爆撃の目的は日本の女性や子どもまでを殺して民族を根絶やしにするためだったこと。栗林中将はアメリカの戦略をわかっていたので一日でもそういう空爆を遅らせるために穴を掘って戦いを引き延ばそうとしたこと。など…。

僕らには知らされていないことが多すぎる。この本を読みながら、そういう硫黄島の戦いの背景を知り、日本人のあり方についてもう一度考えてみたいと思った。

栗林中将が最後の出撃時に述べた言葉がある。

「予が諸君よりも先に、先陣に散ることがあっても、諸君の今日まで捧げた偉功は決して消えるものではない。いま日本は戦に敗れたりといえども、日本国民が諸君の忠君愛国の精神に燃え、諸君の勲功をたたえ、諸君の霊に対して涙して黙祷を捧げる日が、いつか来るであろう。安んじて諸君は国に殉ずべし。」(梯久美子「散るぞ悲しき」より)

はたして、今の日本人は、日本のために命を捧げた英霊たちの勲功をたたえ、涙して黙祷を捧げているだろうか?

英霊だけの話ではない。今の日本人は日本に対する「祖国愛」についても思考停止している。自国の国旗国歌に敬意を示さない国民がいるのは世界中の中でも日本だけである。

残念ながら戦後教育で刷り込まれた自虐史観が国民に浸透してしまっている中でなかなかこういう「祖国愛」についての主張をしても虚しいばかりだが、少しづつそのことに気づいてきている人も多い。

こういうのを右翼の思考だと思う人も、一度この本を読んでみてはいかがかと思うのである。
読書 | comments(0) | trackbacks(0)

2024年、会社はなくなる!?

マインドマップで有名な神田昌典さんの本を読んだ。

こういうハウツー系の表題の本はあまり手に取らないのだが、『なぜ、神田昌典は「日本人の未来は明るい」と言い切れるのか? 』という帯が気になって手に取ってみた。

読むとすごく引きこまれた。先日のブログにも書いたが、僕は歴史が70年くらいの周期で繰り返しているのでは?と思っているのだが、同じ事をこの著者も書いている。小泉元首相が浜口雄幸に似ていると言われた頃から歴史が繰り返しているのではと思っていて、その後の短命内閣の連続でまさしく戦前と同じだなと感じていたのだが、こうして本に書かれると、やっぱりと思ってしまう。同じようなことを考えている人がいるのだ。

ということで、現在は変革期に直面している。70年前といえば戦争の真っ只中である。変革と言うよりも破壊と創造が起こった頃と言えるのかもしれない。

で、第4章の表題がすごい「2024年、会社はなくなる!?」である。

確かに、今の大企業はどこかおかしい。意思決定が遅く、新規案件は軒並み握りつぶされる。全く前に進めない企業が多い。

その点中小企業は小回りが効いて意思決定も早い。ITの世界でもクラウドが出てきたので、小さな会社でもすぐに本格的なWeb開発環境を手にすることができる、大手の企業と対等に戦えるインフラが整ってきている。こうなってくると、機動性が高いかどうかが企業の勝敗を決めてしまう。大企業の人たちと話していると「内部統制がどうのこうの」「セキュリティがどうのこうの」などなど、動けない理由ばかりを並べ立てて、一向に前に進まない。これでは著者が言うようにあと10年もすれば大企業は衰退していくばかりだろう。

会社がなくなる理由として次の3点をあげている。
  1. 会社では社員が育たない。
    成熟期の既存事業はシステム化されているため従業員はオペレーターになっているだけ。事業立ち上げを経験できなければ脳を使わない。
  2. 会社では無から有を生み出す経験が積めない  
    新規事業を立ち上げるにはリスクがあるため、決裁されない。
    リスクのあることに会社は及び腰になるため、事業立ち上げ経験が積めない。
  3. 一部の仕事をしている社員が抜けると、会社には何も残らない。
    優秀な人材はフリーエージェントとして会社にいなくても仕事ができるようになる。
    かくして、会社にはオペレーターだけが残る。
その後について、著者はNPOが中心になっていくと言っている。ドラッカーの「ネクスト・ソサエティ」にもそう書かれていたが、確かに社会貢献活動が少しずつ日本に根付いてきているような気がする。

何のために仕事をしているのか?っていうのを突き詰めると結局、「世の中を良くするため」にということになるのではないだろうか。日本人は「利他」の精神があるし、他人のために何かをしようという人が多い。

これからは会社のビジョンが明確な機動力のある小さな会社やNPOが世の中の中心になっていき、現状維持ばかりで前に進まない大企業は衰退していくのかもと、あらためて感じた次第であります。

読書 | comments(0) | trackbacks(0)

旗を掲げて前に進むやり方

大阪では橋下市長になってからというもの、なんだかんだと毎日のように市政に関することが新聞に載る。

今日は「ほんまや」っていう水道水のペットボトルの製造中止や柴島浄水場の廃止が伝えられた。「橋下さん「ほんきや」」と報道するように政策の変更を歓迎している感じである。

「ほんまや」は大阪市の水が綺麗なことを宣伝するために作られたもので、僕も何回か見たことがあるが、コンビニに置かれてないし、まあ売れてないだろうと思っていた。それはそうだ。水道水を好き好んで買う人などいるはずがないからだ。自然のミネラルウォーターだから買ってるのだ。しかも赤字事業とのことなのでこの製造中止案は納得出来る。

このニュースと並行して柴島浄水場の廃止方針も打ち出している。こちらはデカイ話だが、「ほんまや」など無駄な事業を大阪市がやっているという印象をつけて、本丸の浄水場の統合に王手をかけた感じだ。

橋下市長の大阪都構想はとにかく二重行政の撤廃が発端である。特に水道事業は一本化すべきと強く思っていた。まず、ここを責めるのに「ほんまや」というムダなペットボトル事業を話題にするあたりが非常に戦略が上手いと思う。

橋下流のやり方は驚くようなことを唐突にぶちあげて、それについて議論を促すというやり方だ。旗を高く掲げて、こっちに行くからみんなついて来いよ〜というやり方。

従来の手順は全く無視しているので、ある意味独裁的な手法だが、やっていることが理にかなっているので、反論できないし、非常にスピーディーに物事が進んでいる。

このやり方はリーダーという立場の人は見習うべきだと思う。

しかし、同じように旗は立てているのだが、野田首相のように誰も望んでいない消費税増税の旗を立てても誰もついていかない。

で、支持されていないことに気づいたのか、増税した暁には低所得者に毎月一万円を配るらしい。バカバカしい…。子ども手当の二の舞は目に見えている。

旗を立てるには、ついて行く人の強い支持がなければいけない。支持を得るためには、夢のある目的地を具体的にビジュアルに明示する必要がある。「ゴールはこんなすごいところなんだ。だからみんなで行こう!」という感じでなければ誰も重い腰をあげてついていかないのだ。

会社などでも同じで、方針の先に素晴らしい未来が見えなければ、誰もついていけない。ゴールが明示されずに対策は打てないのだ。

人は目的地があるから歩いて行くのである。目的地が不明確なのにこの道を行けと言われても行けないし、登る必要もない山を登るために山登りの装備をするなんてのはナンセンスなのだ。

旗を高く掲げたからには、目指すゴールを明確に見せてあげるのがリーダーの役割である。

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